雪もちらつく如月14日。
そう、バレンタインデー。

毎年お菓子会社の陰謀に左右されるのは御免だと思いつつ、結局振り回される羽目になるのを私は朝から身を持って知りました。







バレンタイン大作戦




「リューちゃぁぁん!!」

よく澄んだ綺麗な声を一年生の教室に響き渡らせて、彼女はやってきた。
声を聞けばすぐ分かる。
…吹雪だ。
目を向けると明らかに「連行されました」という感じの風丸も顔を覗かせる。


「吹雪…、と風丸。どうしたの??」

二年生の二人が一年の教室にくるのは珍しい。
だっていつもは私の方が二年生の教室に行くから。



私が不思議そうな顔をしていたら、吹雪はにっこりと笑って私の腕を取る。同じく腕を取られた風丸も何が何だか分かってないようだ。たぶん私と同じ顔してると思う。

訳の分からない私たちに吹雪は「ここじゃなんだから」と言って廊下にぐいぐい押し出してしまった。
授業が始まるまであと30分ほど。今日は少し早めに家を出てきたから幾分か時間に余裕がある。
一限目の授業の用意してくれば良かったな、なんて考えながら吹雪に連れて来られた場所は屋上へと続く階段…、の手前だった。


朝の登校時間なのに、ここは生徒の姿が見えず、静まり返っている。そのため、慎重に喋った吹雪の声も微かに響いた。

「よし、ここまで来れば大丈夫かな…?」




辺りを見回しながらそう告げる吹雪の顔はどことなく真剣で、きっとこれから大事な話をされるのだと少し身構える。漸く腕を解放された私と風丸は思わず背筋を伸ばして吹雪の言葉を待った。

「…ごめんね、二人とも。朝からこんなところに連れてきちゃって」

「いや、大丈夫だ。今日円堂のやつ寝坊して暇だったし」

「私も今日は日直の仕事があったから早めに来てたし大丈夫」


私たちの返答を聞いて安心したように微笑む吹雪。
…ああ、この微笑みが男子たちのハートを奪っていくんだなぁ。
まさに、天使の微笑み。



「じゃあ、早速本題に移るね!」
「「…本題??」」

「そう!今日はバレンタインにちなんで、意中の彼に可愛くチョコを渡すレクチャーをしたいと思います!!!」」


………………え?

確かに、今日はバレンタイン。
昨日お日さま園の女子が集まってチョコ作りに励んでいたのは記憶に新しい。


前言撤回。
あれは天使の微笑みなんかじゃない。
本当の天使はこんなしょーもない事を全力でやりません。



「名付けて、意中の彼をメロメロにする大作戦!!!」

「えええええ!!?何それー!」」

「…ごめん、帰っていいか?」


一限目の授業の用意をする、と言って帰ろうとする風丸の首根っこを掴んでそれを阻止する吹雪と目が合った。
無言でニコニコと笑っているのに教室に帰れない威圧感がある。

こ…、こわい…!
仕方なくその場に残ると、やっと風丸も諦めたのか、教室へと向けていた足をこちらに向けた。



「時間もないし、さくっといこうか!」


「時間がないならやらなくていいのに」その一言が言えたらどんなに楽だろうか。
だけど彼女も決して私たちを困らそうとしている訳じゃないのだ。
私たちを思って、きっと善意でやってくれているから余計に嫌だとは言えない。


「はい!じゃあ、いっちーからね!いっちーは何て言ってキャプテンにチョコ渡すの?」

「……え、えーと、まぁ、普通に…」

「リューちゃんをキャプテンだと思ってトライ!!」

「えー…、っと。そうだな、毎年同じような感じだけど」


風丸はそう言うと、私に目をまっすぐ向けて、言い放った。





「…円堂。はい、これ」

「これ」と指し示された架空のチョコを持つ手が私の方へ差し出された。


「……え、えと。あ、ありがと…?」

「カットカットカァァァット!!!」

曖昧に返事をする私を阻止して、吹雪は風丸に「そこはもっと恥じらって!上目遣いで!」なんてダメ出しをする。
……え、ちょっと待って。これを私にもやれってか。

こ、こんな事に何の意味が……!


若干サーッと血の気が引くのを感じながら私が一歩後退った時だった。
くるりと吹雪はこちらに顔を向け、標的を風丸から私へとチェンジした。


「…さぁ、次リューちゃんいってみようか!」

「………はぃ…」

生き生きとした吹雪に押し切られて結局やるハメに。





「じゃあ、今度は私を基山くんだと思ってね!いっちーは監督!」

「…分かった」

「ちょ、風丸までなんで乗り気になってんの!?」

「…いや、自分の番が終わると途端に面白くなってきた」

「風丸のばかぁぁぁ!!」


真面目な顔で答える風丸はもう完全に監督の顔になっている。

「さぁ、リューちゃん!KMDだよ!!!」

「…KMD??」

「K(基山くんを) M(メロメロにする) D(大作戦)っていう意味!」

「………なっ、!?」


ぼふん、と自分の顔が羞恥の色に染まるのが分かる。
いきなり何言ってんの…!?
しかも何故略したし!!



「いや、リューちゃん絶対恥ずかしがるでしょ?だから略してみましたー!」

「その法則でいくと私はEMDってこと?」

「そうなるねー」


……もう嫌だ。なんなの、この先輩二人。
腕時計を見ると時計の針はまだ15分しか進んでなくて思わずため息が漏れた。
早くこの場を、この雰囲気を、なんとかしたい。もうその一心で、私は半ばヤケクソになってこう言ってしまったのだ。



「もー、それで!?何すればいいの?」


私のこの言葉を待ってましたとばかりに吹雪が食い付く。

「じゃあ、私を基山くんだと思ってね!!とりあえずリューちゃんは演技が上手だから色んなパターンをやってみよ!」

「…色んなパターン?」

「うん!まずは後輩という特権を生かして敬語で可愛らしく!」

「…えー……、」

「風丸監督ー、始めちゃってー」

「はーい、3、2、1…」

「えええええ!?えと、あの…っ、き、基山先輩っ!先輩のこと想って、作りました…。良かったら、食べてくださいっ!!」



はわぁぁぁぁ…恥ずかしくて死ねる。いや、マジで。
確かにこういう演技はできてもヒロトの前では絶対できないもん。
目の前の吹雪は「いいねー!」なんて言ってるし、風丸は「よし、次いってみよう」とか言ってる。
…何なんだろう。二人は私をどうしたいの……?



「よっし、じゃあ次のパターンね。次はやっぱり定番のツンデレいっとこうか!」

「定番って何!?てか、もうすぐ授業…」

「はいはい、次でラストだから。3、2、1…」

「………。……え?ヒロトにあげるチョコなんてないけど?なんで私がヒロトにチョコあげなきゃいけないんだよ。……………なーんて、嘘!えへへ、びっくりした?大好きだよ」



……やったぞ。私はやり切った…!
最後は調子に乗ってすごく恥ずかしい事を言ってしまった。
…でもいいよね。どうせヒロトにはこんなこと言う訳ないし。




遠くで授業開始5分前を知らせる予鈴の鳴る音が聞こえる。

ああ、言わんこっちゃない!
早く教室に戻って授業の準備しなくちゃ!!!



「吹雪!風丸!!もういいでしょ!?私先に戻るからね!!!」

予鈴が鳴ると共にとにかく私は走ってその場を去った。
もう恥ずかしくて恥ずかしくて。


頭の中はもう、バレンタインの事しか考えられなくて、今日の夜ヒロトにチョコを渡すのだと思うと余計に顔が火照った。
















そんな余裕のない私の背中を見送る吹雪と風丸が、こんな会話をしていたとも知らずに…。

「…いっちー、撮れた?」

「ああ、バッチリ」


風丸の持つ携帯からピロリンと機械音が鳴った。

「後はさっき撮ったこの緑川のムービーを基山に送ればいいんでしょ?」

「そーいうこと♪基山くんに私たちからバレンタインってことでね」

「基山のだらしない顔が目に浮かぶ…」





風丸の呟き通り、ムービーを送られたヒロトはその日1日機嫌が良くて顔が緩みっぱなしだったとか。












end

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なんやかんやで基緑を応援する吹風なのでした(^^)
バレンタイン過ぎてるとか気にしちゃ駄目ですよ…!orz






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