ずっと、憧れだった。
サッカーも上手くて、周囲にも優しい。
オレの目指すべき、目標。
だけど、その憧れが恋愛のそれだと気付いた時のオレの落胆ときたら。
そりゃもう最悪だった。
世間ではなかなか認められない男同士の恋愛。
なんで女の子同士は街中で手繋いで歩いてるのに、男だと途端に駄目になるんだ。
…いや、手を繋ぐ云々の前にオレは彼に自分の想いを伝える気なんて、さらさらなかったんだけどさ。
なのに。
なのに、つい、言ってしまった。
うん、まぁ、勢いってやつだ。
今考えると、ヒロトの誘導尋問にあっていたような気がしなくもない。
それは遡ること、約5分前。
「緑川って、好きな人とかいないの?」
「……え?」
唐突な質問にオレは読んでいた雑誌をめくる指を止める。
「だから、好きな人だよ。好きな人!」
「えっと……好きな人、って、あの、恋愛とか、の…?」
若干しどろもどろになりながら、何とかヒロトの言葉に答えて目を逸らす。
「当たり前でしょ。…なに?もしかして、まだいないとか?」
「い、いるよ!好きな人くらい!!」
からかうようなヒロトの態度にカチンときて、つい口から滑り落ちた、一言。
言った途端、ヒロトの目が変わったのをオレは見逃さなかった。
「……え!?誰?」
「そんなの言える訳ないだろ!?そう言うヒロトはどうなんだよ!?す、好きな人とかいるのかよ!!?」
「………うん、いるよ」
「…………え、」
真っすぐな瞳に見つめられて力強く頷かれれば、ヒロトに好きな人がいるというショックよりも、翠の両目に視線を注がれているという状況にドキドキして頬が熱くなる。
やっぱりいるんだ、好きな人。
そう思って軽くため息を吐いたオレに、ヒロトは妙な提案を投げかけてきた。
「俺の好きな人、知りたい?」
「…そ、そりゃ、知りたくないって言ったら嘘になるけど……」
「じゃあ、俺も好きな人言うから、緑川も言って?」
「…?どういう意味…」
「だから、せーので一緒に言おうよ、好きな人の名前」
ヒロトの奴、自分の好きな人バラしてまで俺の好きな人知りたいのか…!
いや、もしかしたらヒロトが自分の好きな人と俺の好きな人が被ってないかと心配しているのかもしれない。
バカだな。そんなこと絶対ないのに。
「それじゃ、俺がせーのって言うから言ってね!」
「…え!?う、あ…えっと」
「…はい、せーの!」
「ヒロト!」
ヒロトが急かすように掛け声をかけるもんだから、焦りと混乱で頭が真っ白になり、うっかり零した本音。
そして、現在に至る訳だが。
…………やってしまった…。
サァーっと冷や汗が背中を流れるのを感じる。
夢ならば覚めて欲しいとさえ感じる。
さらに追い打ちをかけるように滲み始めた涙。
こんな……こんな伝え方、あんまりだ。
うっかり好きな人を言ってしまったオレもオレだけど、そもそもヒロトがあんな提案しなければこんなことにはならなかったのに…!
その前にヒロトは好きな人さえ言っていない。
最低だ。こんなの誘導尋問じゃない。オレは騙されたんだ…!!
オレの態度からして、すでにヒロトはオレが冗談でヒロトのことが好きと言っている訳ではないと気付いているだろう。
なのに、目の前の彼は一言も喋ろうとしない。
そりゃそうだよな。
今まで家族みたいに接してきたのにいきなり好きな人とか言われても困るよな。
「……ううぅ、」
あまりに悲しくて惨めになって、小さく鳴咽を漏らすと、目の前の彼はやっと再起動されたかのように動き出した。
そして頬を伝う涙をそっと拭われ、告げられる。
「嬉しいな、俺も好きだよ。緑川のこと」
「………………へ?」
今、オレの眼前に迫る彼は、何て言った……?
頭が真っ白になる。今日は何回頭が真っ白になれば気が済むんだろうか。
………なんだろう。
こういう時って何て言うんだっけ?
うまく言葉が出てこない。
普段は周りが呆れるほど諺ばかり言ってるくせにこういう肝心なときに限って上手い言葉が見つからない。
でも、まぁ、今の気持ちを素直に表現するならば。
やば…嬉しくて死にそう。
これ、夢じゃないよね?
そう思ってたら至近距離の彼の顔が近付いて、触れた唇。
その感触で現実なんだと分かってまた涙が零れた。
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