彼と曇り空









学校を出たころから空に浮かぶ雲は一面真っ黒で、今にも雨が降りそうだった。


「ヒロト、やばいよ!!このままじゃ私たち絶対びしょ濡れ確実だよ!!」

「たしかに……じゃあしばらく図書館にでも行く?」

「まだ雨も降ってない内から何言ってんの!!急いで帰るに決まってるでしょ! …あ、そうだ!電車乗って帰ろうよ!電車!!」

「……えー…なんで。電車に乗らなくても歩けばいいじゃないか。」

「歩いてたら雨降ってきちゃうよ!?駅も近いしさ、ほら行こ!!」


私のナイスアイディアにヒロトは何故か乗り気ではなかった。
たしかに、家であるお日さま園までは電車を使う程遠くない。
いつもなら、ヒロトと話しながら駅前や商店街を通って帰るとあっという間に到着してしまう。


ヒロトは文句を言いた気にこちらを見ていたけど、私は早く帰りたくて急いでいた。
だって、みんなの洗濯物干しっぱなしなんだよ!?
せっかく洗ったのに雨でびしょびしょになるなんて絶対嫌じゃん!!


未だに納得のいかない顔をしているヒロトの手をそっと握る。
恋人同士なんだもん。これくらいしても良いよね?
普段の私だったら、絶対にしないだろうけど、今は早く電車に乗って帰りたくて少し積極的になる。


ちらりとヒロトの方を見れば驚いたように見開いた丸い翠と目があった。

そうなると、だんだん自分のしたことが恥ずかしくなってきて、顔が赤く染まる前に再び前を向く。繋いだ手はそのままに、ヒロトを引っ張りずんずん駅に向かって進むと、後ろからクスリと彼の笑う声が聞こえてさらに恥ずかしさが増すのが分かった。

ヒロトもそんないっぱいいっぱいの私に漸く折れてくれたようで、私の手を握り返して、歩調を合わせる。
真横にきたヒロトを上手く見ることができなくて、前を見るとやっと駅が見えてきた。

恥ずかしさを振り切るようにヒロトへと話し掛ける。


「ね、早く切符買って乗っちゃおう!!」

普段電車なんて使わないからわくわくして、なんだか足取りも軽い。


駅はちょうど帰宅ラッシュというやつで、たくさんの人で溢れ返っていた。
途中、人込みに流されて、はぐれそうになったのをヒロトが引き寄せてくれて、正直すごく助かった。手、繋いでてよかったな…なんて。


まあ、十人が聞いたら十人が惚気だと言われそうな話は恥ずかしいから置いといて。

今は、すぐにでも家に帰ることが大切だ。
帰って、洗濯物取り込んで、冷蔵庫の食材チェックして……
帰ってからもやることが山ほどあって、ついつい溜め息が漏れる。
なんだかやることが主婦じみてるよなぁ、なんて思いながら、改札口に切符を通した。


さすが帰宅ラッシュ、というところだろうか。

電車が出発しても、すぐにまた電車がやってくる。なのに、人は減るどころか多くなっている気さえして。
構内に響く、電車が出発する合図を聞きながら私とヒロトは半ば人に流されるようにして、乗車した。



「…ぷはぁ、やっと乗れたぁ」

「だから電車はよそうって言ったのに」

ちょうどドアのガラス窓に左手をついて溜め息を吐く。
右にはヒロトが立っていて、携帯を取り出していた。

私の右手は未だにヒロトに握られていて、恥ずかしいけど、ちょっと嬉しくなる。

きゅっと軽く握れば、隣の彼は携帯を弄りながらもちゃんと握り返してくれて、自然と笑みが零れた。


なんか、いいよなぁ。こういうのって。
言葉がなくても通じ合う、みたいな?



……なんて、ね!
はは、我ながら恥ずかしいこと思っちゃったなぁ。


そんなことを思いながら、窓の外を見ると、まだかろうじて雨は降っていないようだった。
安堵の息を吐くとともに、ふと気付く、下半身への違和感。





なんか、お尻に当たってる…?
不審に思って左手をお尻の方に向けると、違和感がすっと消えた。


気のせいかな……
お尻触られたような……

ヒロトを横目で見ると相変わらず携帯の画面に見入っていた。
どうやらメールを打ってるらしい。
私たちの手は繋がれたままだし、ヒロトの空いた方の手は携帯を持っている。

さっきの違和感の犯人はヒロトではないみたいだ。


じゃあ、誰……?

少し怖くなって、左手で持っていた鞄を肩にかけ直す。



すると再び訪れた違和感。
今度は、はっきりとお尻を触られているのが分かる。


「………っ!」

人は本当に怖いとき、硬直して何もできないらしい。

周りは肩と肩がぶつかりそうなくらい密着していて、誰が私にこんな事をしているのか全く分からない。しかも、誰が触っているのか分からないこの状況で私が騒ぐのは些か分が悪い気がする。

体が硬直しているのとは裏腹に何故か頭は冴えていて、私はどうやってこの危機的状況を誰にも気付かれずに乗り越えるかを考えていた。


誰にも。そう、ヒロトにさえも。




そして、私が導き出した答えはとても簡単なものだった。



電車から降りるまで、我慢する。


元々そう遠い距離ではないのだ。
どうせ次の駅に着いたら降りるし、それまで辛抱すればいいだけの話。

依然として、むにむにと触られる違和感に一生懸命耐えながら、ようやく窓の外に見知った景色が見えてきてホッとする。


よし、あともうちょっと……!
私が我慢してるのをいいことにだんだん無遠慮になってくる感触が気持ち悪くて仕方ない。

うぅ、なんか変な気分になってくる…!
ヒロトならまだしも、顔も知らない相手にお尻触られて感じてるなんて、彼が知ったらなんて思われるんだろう…


漏れそうになる声を必死に抑えていると、隣の気配が動いた気がした。



「………あ、携帯落としちゃった」

誰が聞いても棒読みだと分かる声と共にカチャン、と軽い音を立てて私の足元に落ちる、赤い携帯。



ヒロトだった。


驚いて横を見る私に見向きもしないで携帯を拾う彼。
さっきまで繋いでいた右手は離されていて、いつのまにかお尻を撫でるあの手も消えていた。


よかった……そう安心するのもつかの間、強く右手首を掴まれ、隣に立つ彼にゆっくりと引き寄せられる。

自然と電車のドアとヒロトの間に挟まる形になって、一気に密着度が高まった。



今までぎゅうぎゅうの箱詰め状態で誰かが肩や背中に当たっていたのが、今はヒロトだけにしか触れていない。

ちらっと目線を上げてヒロトを見ると彼は窓の外に広がる、今にも雨が降りそうな曇天の空を眺めていた。
何を考えているのか分からない彼の表情が、私の不安をさらに煽る。




しばらくすると到着駅名が告げられて、ゆっくりとドアが開く。ドアが開くとすぐにヒロトが私の右腕を掴んで、引っ張るようにして電車を降りた。



たった一駅だったのにすごく長く感じたな…
なんか、ヒロトが最初電車で帰るのを反対してた気持ち分かった気がする。


それよりも今は、電車を降りてからまだ一言も喋っていない彼のことが気になってしょうがない。







お日さま園へと続く道を二人で歩く。
いつもは楽しくて仕方がないこの道のりも今日は終始無言で居心地が悪かった。
掴まれた右手は未だ離されてはいない。


ああ、気まずいなぁ……

ヒロトが喋ってくれない悲しさと、さっき電車内でされた行為への恐怖心がいまさら込み上げて涙が滲む。



「……ヒロト、怒ってる?」

勇気を出して小さく呟けば、彼は前を向けていた体を反転させて、かばりと私を抱きしめた。


…ちょ、こんな道端で何やってんの…!?
人通りが少なく、この辺には今私たち二人しかいなかったのは不幸中の幸いだったと思う。

みるみるうちに顔が赤くなるのを感じて彼の胸板を押し返してみるけどそれ以上に強い力でぎゅっとされていてびくともしない。



「…ごめん。リュウをちゃんと守ってあげられなくて」


ヒロトは私の肩に顔を埋めて絞り出すような声で呟く。
その声からは悔しさとか憤りとかが伝わってきて、私はさっきまで恥ずかしがってたことも忘れて彼の頭をそっと撫でた。



「…ヒロト、気にし過ぎ」

苦笑しながらぽんぽんと頭を叩くとまたごめん、と言う声が聞こえる。
ヒロトがこんなにへこんでるなんて本当に珍しい。



空は相変わらずの曇り空だけど、この様子だとなんとか雨が降る前に洗濯物は取り込めそうだ。


でも、今は私に抱き着いて泣きそうになっている、この赤い髪の彼を慰めるのが先になりそうだな…とこちらもまた泣きそうな空をみて思った。









end


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大変お待たせいたしました!
紫苑さまリクエストの『基緑♀で痴漢からみどりんを助けるヒロト』でした。
大変遅くなってしまい、申し訳ございませんっっ!!
しかもこれは……ヒロト、助けてる、のか…な?←
最終的に基山くんへこんでるし、みどりんはなんか落ち着いてるしよく分からなくてすみません…!てか、みどりん痴漢に遭ってるしね……すみません。その辺完璧にえい子の趣味です変態で申し訳ない…!><しかもその辺が書くの1番楽しかっただなんてそんな←

リクエストに上手く沿えられているか非常に不安ですが、紫苑さまに捧げます…!
イメージと違ってたりしたらすぐにでも書き直しますので!

本当にこの度はリクエストありがとうございました!







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