素直になれなくて
本日の最高気温は37度になるらしい。
これは今朝、食堂で朝食を摂っているときに、私が得た情報だ。
ニュースを見ていると、天気予報より役立つ情報なんてない気がしてくる。
…いや、「気がする」じゃなくて実際そうだと思う。
ここ最近続いている猛暑に参っているのは私だけではない。
カオスの仲間も、あのバーンでさえも、毎日35度以上の気温にお手上げのようだった。
「あっちー…」
ちらりと練習しているバーンを見ると、手を団扇のようにパタパタと扇いで汗を大量に流していた。
その汗の量が尋常ではなく、私は一瞬、水でもかけられたのではないかと思ったほどで、ユニフォームも髪もびしょびしょだ。
真夏の太陽に照らされて、バーンの汗がキラキラと光る。
ついさっき水分補給のために休憩をとったにも関わらず、カオスのメンバーは目に見えるほど疲弊していた。
もちろん、私も暑さのせいで疲れてはいるのだが。
それにしても元プロミネンスの人間はもっと暑さに強いのかと思っていたが、意外とそうでもないらしい。
まぁ、あのキャプテンの率いていたチームだ。チームの印象が「暑さに強い」と思われても仕方がないだろう。
かく言う私が率いていたチーム、ダイヤモンドダストもメンバー全員寒さに強いという訳じゃない。
…たまたま、シュートの技が氷系だっただけだ。
周りは私の雰囲気や性格に合っていると言って絶賛していたが。
今やっているシュート練習が終わったら、休憩しよう。
そう思って、私はバーンに目を向けた。
するとさっきまで暑そうに汗を流し、手で扇いでいたのに、今は何をするでもなくボンヤリとただ突っ立っている。
「……バーン?」
「………………」
不審に思って、少し離れた場所から声を掛けたが、反応は無し。
私の言葉を無視するなんて、全くいい度胸じゃないか。
少なからずイラッとした私は、足元にあったサッカーボールに目をやり、それを目の前の突っ立っている男の頭に向かって蹴ってみた。
本気で蹴ったら後でぶーぶー煩いだろうから、少し弱めの、言うならばノーザンインパクトを打つ時の半分ほどの力で打った。
ドゴォ!とボールが当たったとは思えない音が鳴ると同時に人が倒れる音がする。
ここまではいつも通り。
このあとバーンがむくりと起き上がって、てめぇ何しやがる!とかなんとか言いながら私のところへ向かってくるのだ。
そんないつものやりとりを予想しながら地面に向けていた目をバーンに再び戻す。
だが、倒れたバーンはなかなか起き上がらない。
周りのメンバー、特に元プロミネンスの仲間はいつもと違うバーンを見て心配そうに駆け寄る姿が見られる。
私もボールを当ててしまった手前、駆け寄ってバーンの様子を確認する。
いつも勝ち気で獣のように光る金色の目は閉じられ、日焼けして少し赤みを帯びた顔からは、うっすらと青白ささえも見てとれた。
……ああ、これはまずいな。
私の言葉を無視したと思っていたが、バーンは無視した訳ではなかったのだ。
きっと、調子が悪くてボーッと立っていただけ。
そんな彼に容赦なくボールをぶつけたのは、紛れも無く私。
さすがにいたたまれなくなって、私は医務室に運ぶことを申し出た。
すると驚いたようにこちらを見る元プロミネンスの者達。
たしかに普段は喧嘩ばかりしているが仲が悪い訳じゃない。
…現に私とバーンは世間で言う、いわば恋人同士というやつだ。
彼らはそれを知らないみたいだけれど。
「……ではガゼル様、バーン様をよろしくお願いします」
驚きと不信の目を向けられる中、唯一冷静に私へと投げ掛けられた言葉。
声のする方を見れば、真っ白な髪と頬に傷のある男。
たしか、ヒートと言っただろうか。バーンの幼なじみで、昔から何かと彼のことを心配していた。
バーンは一度心を許すと嘘を吐けなくなるから。きっと私とバーンの関係もあの彼には分かっているのだろう。
「……分かった。私とバーンが戻るまで、各自休憩をとって自主練習しておくように」
ピッチに響く了解の声を聞き、私はバーンを連れて医務室へと向かった。
後でバーンが知ったら絶対顔を真っ赤にして怒るであろう、いわゆるお姫様だっこをして何食わぬ顔で歩を進める。
ヒート以外のカオスメンバーは私の行動に驚いていたようだけど、いい機会だ。私とバーンがどういう関係にあるか見せつけてやれば良い。
それに、この抱き方だとバーンの顔がよく見える。
青白い顔をしてぴくりとも動かない彼は、まるで人形のようで気持ちが悪かった。
早くこの腕に抱える彼を休ませたくて、私はピッチを出ると足早に医務室へと続く廊下を歩いたのだった。
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続きます。
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