※年齢的に基山22才、緑川21才くらい。
※突発にしてはぐだぐだ長い。
※煙草を携えた基山が書きたかっただけ。
いくつもの扉を通りすぎ、一番奥にある白い扉。
ちょうど目の高さに貼られた白い紙には『基山ヒロト様』とワープロで打った綺麗な文字が並ぶ。
ふぅ…。
オレは気持ちを落ち着けるために息をゆっくりと吐いた。
落ち着け、落ち着け…
今日は今までちょい役しかもらえなかったオレが、初めてちゃんとしたレギュラー出演のドラマを貰えた日。
そして、そのドラマの主役である俳優、基山ヒロトに挨拶をする直前なのだ。
基山ヒロトと言えば、昔すごく有名なテレビドラマの子役としてちょっとだけ出演したことがきっかけで、そこからドラマやCM、モデルなど様々な仕事をこなすようになった、ここ数年話題の人物である。
ただ、最近はCMや雑誌で見かけることが少なくなり、俳優業に専念して演技をもっと学ぶことにしたらしい。
…なんでオレがそんなに彼のこと詳しく知ってるかって?
まぁ、同じプロダクションってのもあるけど、実は彼とは幼い頃「お日さま園」という孤児が集まる施設で一緒に生活していたことがある。
だから、時々彼についての情報が耳に入ってくるのだ。
久しぶりに会う……というか、彼はオレを覚えているのかどうかも怪しい。
あの頃は色んな仕事で忙しかったから、きっとオレのことなんて覚えてないだろう。
…さて。この扉の前に立ってからもう何分経過しただろうか。
もう一度大きく息を吸い込んで、オレは目の前の扉をノックする。
「……はい、どうぞ」
扉の向こう側から聞こえた彼の声に少しだけ安心する。
昔と同じ、優しい彼の声。
ガチャリと音を立てて入れば、彼は椅子に座って煙草を吸っていた。
「やぁ、リュウジ。待ってたよ」
「………え、」
オレが口を開く前に、彼はオレに言葉を投げかけた。
しかも、ご丁寧に名前まで呼んで、「ちゃんと覚えてるよ」アピールまでして。
「え…っ!?あの……お、覚えて……!!?」
「もちろん。お日さま園にいた皆を忘れる訳ないだろ?」
彼の言葉に胸がじん、と熱くなる。
「しかも、あのリュウジがねぇ…」
くっくっ、と口元を押さえて笑う彼はオレが覚えてる『ヒロト』そのままで、数分前まで遠くの存在だったはずの彼が、ぐっと近くなったような気がした。
「…なんだよ、オレが役者になっちゃ悪いっていうの?」
「そんなこと言ってないよ。いや、昔はいつも俺にくっついてたなぁ、と思ってさ」
「なっ…!?」
おかしい。
オレ、ヒロトに挨拶しに来たんだよね?
…なのになんでこんなに彼のペースに乗せられてるんだろう。
「全然変わってないね、リュウジは」
「な、なんだよ… ヒ、ヒロトだってそんな煙草なんか吸っちゃってさ!そうやって気取ってたら身体悪くするんだからな!!」
売り言葉に買い言葉。
…まぁ、オレの一人相撲だって分かってるけどさ、うん。
しょうがないじゃん。からかうヒロトが悪い。
ああ、もう。きっと今のオレ顔真っ赤だ。
役者の癖に感情が表に出やすいなんて情けない…!
でも気になったんだよ。
あのヒロトが似合わない煙草なんて吸ってるから。
「……ん?これ? 今度の役が煙草吸う役だから、慣らしてるんだ」
トントンと灰皿に灰を落として、一息だけ煙草を吸う。
ああ、今確実にヒロトの肺は煙草の悪い煙に蝕まれてるんだ…
そしてオレはあの煙草の先端から出ている煙によって強制的に受動喫煙させられて訳で。
オレが肺ガンになったらヒロトのせいだな。
そんなことを考えてたら、ヒロトは笑顔で椅子から立ち上がりオレの方に歩み寄る。
左手に煙草を持ったままで。
「煙草持ったままでこっち来ないでよ…!オレが肺ガンになる!!」
「リュウジ、気にし過ぎだって。それにこの世界は煙草吸う人多いから覚悟してた方がいいよ」
「…え、そうなの……!?」
ショックを受けるオレにヒロトは更に笑顔を深める。
「ところでリュウジはさ、今日俺に今度のドラマの挨拶しに来たんだよね?」
「…………あ、」
すっかり忘れてた。
あれだけ扉の前でうだうだ悩んで緊張したのに、全く挨拶が出来ていない。
ええと、何て言うんだっけ…
はじめまして…?いやいや、初めてじゃないしな…
これからよろしくお願いします……でいいのかな…?一応俳優歴としてはあっちの方が断然上だから敬語使わなきゃだよね。
ヒロトに敬語かぁ……
なんか違和感だな…
「リュウジ??」
「…あ!…あの、えっと、同じドラマに出演できて嬉しいです……っていうか、その…こ、これからよろしくお願いします…!」
いざヒロトに挨拶しようとしたらやっぱり緊張して言葉が上手く出てこなかった。
はぁ…これ、撮影の時オレ絶対台詞噛みそう。
ぺこりとヒロトに向かってぎこちないお辞儀をして顔を上げると、目の前にはきれいに整った顔があった。
「うん、こちらこそよろしくね」
ちゅ、と僅かなリップ音を残して一瞬だけ触れ合ったオレの唇と彼のそれ。
ほんの少しだけど煙草の味がした。
不味い………っじゃなくて!!
え……今、オレ何された…!?
そして追い打ちをかけるようにヒロトの口から重大発表が発せられた。
「リュウジ、役者ならキスの一つや二つで動揺しちゃ駄目じゃないか。俺達、今回のドラマで恋人同士の役なのに」
「…………は?…え?今なんて……」
「あれ?姉さんから聞いてない?リュウジは俺の禁断の恋人役なんだよ。それで、もう一人の俺の恋人役の女優さんと修羅場を繰り返すみたいだよ」
何それ…!
そんなの全然聞いてない!!!
マネージャーの仕事は、ほぼ瞳子姉さんに任せてたからドラマの内容まで聞かされていなかった。
今日だって「久しぶりに会えるわね」なんて笑顔で送り出してくれたのに…!
もうやだ、この姉弟…
「もしオレがこの役降りるって言ったら…?」
「新米役者が何言ってるの。もう決定事項だよ。 それに監督と話して、俺とリュウジのラブシーンいっぱい入れてもらうようにしたからさ、練習……しとく?」
再び顔を近づけて尋ねるヒロトにオレは沸騰しそうなくらい顔が熱くなる。
彼が手に持っている煙草が臭い。
「やっやめろよ!オレたち男同士だろっっ!?」
さっき唇にされた感触を思い出して、咄嗟に身を庇うようにヒロトから離れる。
「うん、その反応!リュウジならあの役ぴったりだと思うよ」
「………へぇ」
そんなこと言われても嬉しくないよ、と言おうと思ったけどヒロトの翠色の目を見てたらどうでも良くなってぐっと出かかった言葉を飲み込んだ。
「…ねぇ、リュウジ。久しぶりに会ったんだし、ゆっくり話そうよ」
「その煙草の火を消してくれたら考える」
まるでドラマのワンシーンのようなノリでオレを誘うヒロトにオレもそれっぽく返す。
いいよ、と笑って煙草の火を消すヒロトに見惚れそうになったけどきっとそれは気のせいだろう。
『ひと夏の恋を君に』
これが今回のドラマのタイトルらしいけど、もしかしたらオレも恋をしてしまいそうだ、なんて。
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