「キャス」


ペンギンに言いつけられた甲板掃除をしていた。
ここ最近ずっと潜ってたから藻がびっしり。ふざけんな、とも思ったが相手はペンギン。そんなこと言ったら食事抜きとかありそうだ。夢の女人国覗いて捕まればいい。とか思ったら少し寒気がしたので大人しく働き続けた。

すると、後ろからおれの名前を呼ぶ声。


「船長!」


目の下には隈、身の丈ほどもある刀。誰と戦うわけでもないのだからこういうときぐらい、置いておけばいいのに。なんて思いつつ船長に駆け寄った。


「暇だ」
「…って言われても」


掃除中なんで、と言うと構えと言われた。ペンギンからの言いつけで…というと気にするな、と返された。いやいや、船長が良くてもおれが困るんです。
ペンギンは船長に甘い。だから何をやっていても船長を咎めることはあまりない。船長と同じことをおれがやっても怒られるだけだ。


「船長命令だ、構え」
「えぇ!?」


ずるい、気がする。自分は命令されるの嫌いなくせに。まあそんなことも船長だから許せるのだけど、構えと言われても…という感じだ。
おれが固まっていると、船長はおれに抱きついた。…抱き、ついた。抱き……………!?


「船長!?」
「なんだよ」
「抱き、抱きついて…!」
「悪いか?」
「悪くは、ない…ですけど」


誰かに見られたら殺される…!
特にペンギンなんかに見つかったらそれこそ命の危機!船員は皆船長が大好きだ。唯我独尊で、命令と束縛を嫌う人でものすごく振り回されるけど。だからこんな状況許されるはずがない!いや、個人としては嬉しい限りだけど。


「あったけぇ」
「そうですか…?」
「あぁ」


そういえば、船長の体温は低い。いつもひんやりしている。汗をかいているところなんて見たこともない。まああまり日に当たらない人だからかもしれない。


「なぁ」
「…?なんですか?」
「おれが、お前を殺したいって言ったらどうする?」


…へ?
あまりのいきなりの問いにマヌケな声が出た。船長に押されて、ドサッと尻もちをつく。おれの上にのった船長。その顔はものすごく楽しそうで、余計に今の問いの答えを見えなくさせた。

何も答えないおれに、船長は口を開いて言う。


「こうやって…」


するり、と細い腕が動いたかと思えば首に絡まる指。親指で喉仏辺りを抑えられ、一瞬息が詰まる。息苦しさに、視界が涙で滲む。サングラスの向こうの船長は、さっきと変わらずに酷く楽しげに笑っている。


「このまま力を入れて締め続ければお前を殺せる」
「っせ、ん…ちょ」
「お前は、抵抗するか?」


この状況で、この状態で、何を言うんだろう。そんなの、今のおれを見ればわかるだろう。確かに苦しい。けど、嬉しい。生理的な涙が浮かぶ中、精一杯の笑みでこたえる。


「せんちょ、に…っころ、される…なら、ほ、んもぉ…で、す」
「………」


愛しく、敬愛する船長に殺されるなら。それは、おれだけでなく船員皆も同じ。というか船長の手で絞殺だなんて幸せすぎる。


「ばぁか」
「っは、ゴホッ、ゲホッ…はぁっ、はっ」


薄れかけた意識の中で急に喉に流れ込んできた酸素。四肢を投げ出しながら身体を跳ねさせてせき込むおれって…。さっきとは違う涙の膜が張る。船長の目をやるとつまらなさそうな顔をしていた。


「命乞いでもするかと思った」
「はっ…船長の、手…ですよ?…むしろ、幸福に値する」
「………」


なんだそれ、というような表情をした船長。


「貴方が好きなんです、ロー船長」
「っ!」


一瞬目を見開いたように感じたが、すぐに立ち上がって背を向けられてしまったためよくわからなくなった。後に続くように、少しだるい身体を起き上がらせる。


「お前の命はおれのだ」


それだけ言って歩き出した船長。…そんなの、知ってますよ。あえて口には出さずに「はい!」と言って船長を追いかけた。



end




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