昔、泳げたか泳げなかったかなんてもうすでに記憶の隅にすらない。
ただ現在状況として今では泳げない、ただそれだけ。

そのくせして好んで潜水艦を使用する自分は、海に恋焦がれているのだろうか。

浮上した潜水艦から水面は遠くはない。ゆらゆらと揺れる青がいやに扇情的で自分を誘っているようだった。


「船長!?」


そう言った声は誰のものだろう。
なんて思った瞬間、身体はピクリとも動かない。ああ、あの声はキャスだな。あいつは確かおれの隣にいた。ぼんやりと考える。ベポと…ペンギンも、確かいたような気がするがそこまで頭が回らない。


「……っ……、…!!」
「………!?…っ、……!」


何かが、聞こえる。
海賊が海の子とするならば、この海は羊水だろうか。ただ優しく抱き、揺れる。ああ、それならば恋焦がれるのもおかしくはないのかもしれない。酸素が欠落してゆくこの状況で、そんなことを思える自分が何故か酷く滑稽に思えた。

水中から少しだけ見える自身の潜水艦の底。ガラス張りにでもして水中観察ができるようにでもしようか、なんて考えるが生憎今の自分の状況では実現できるとは考えにくい。



ただ海に身を委ね、誘われるように目を閉じた。



「……ぅ!」


呼ばれてる、気がしなくもない。
海に?いや、もしかしたら天からの使者かもしれない。とかバカげたことを考えているおれは頭のネジがゆるんだのかもしれない。まあ、海賊であるおれが地に召されることはあっても天に召されることはないだろう。できるなら海に召されたいのが本音だが。

浮上していく意識をどこか客観的に捕らえている自分がいた。


「ッゲホ、ハァッ、ハッ…」
「船長!」


ぼんやりとした視界に趣味の悪い…違った、少し奇抜な色の帽子。酸欠状態なのか、苦しい。けど、視界にとらえたそいつは紛れもなく可愛い可愛い船員(本人には絶対に言ってはやらないが)。
今にも泣き出しそうな程に…というかもうすでに泣きだして歪められている顔。見間違えるはずもないその帽子をかぶった船員の名を呼んだ。


「きゃ、す…」
「うわぁぁぁぁん!船長〜!!」


大泣きしながら「心配したんですよ!」と叫んでいる。
こいつはやっぱり泣いている方が似合うかもしれない、なんて少し可哀想なことを思ってしまうが事実なのだから仕方ない。ベポがいない、のはタオルを取りに行ったのかもしれない。そしてもう一人、未だに視界に入れていない溺れる前近くにいたような気がしなくもない船員。…けど、確認するまでもなかった。


「バカですか貴方は!!」


水も滴るいいオトコ、なんて茶化したら小1時間は確実に説教されるから言わない。
黒い髪と白いつなぎにこれでもかというほど海水を滴らせている。…つなぎ着て遊泳とか難しそうだなとか考えるが着ろと言っているのは自分なのでこれもまた口には出さない。


「バカって…船長に向かって」
「泳げないのをわかってて飛び込んだんでしょう!?一瞬心臓止まりましたよ!」


いつも冷静なペンギンがここまで怒るなんて珍しい。
ああ、おれって愛されてるなあ、なんて少し場違いなことを考える。ぶっちゃけ船員にイヤと言うほど愛されているのは自覚済みだ。


「なんでこんなことしたんですかぁ!」


キャスケットが泣きながら言う。本当にこいつよく泣くな。ウザいくらいに明るく、青をさらけ出している空を見つつ呟いた。


「懐かしかった」
「は?」


ペンギンが怪訝そうな顔をする。おい、船長をそんな「何言ってんだこいつ」的な目で見るなよ。消すぞ。


「抱かれたいと、思ったんだ」


正直にそう言うと、沈黙が走った。ガラにもなくこんなことを言いだしたおれにか、ただ単に返す言葉が見つからないのか。…まあおそらく後者だろう。


「それに、」


言葉を区切って身体を起こす。
辺りを見回すと、呆けてるキャスケットと眉間にしわを寄せているペンギンが目に入る。


「お前らが必ず手を引いてくれると思ったからな」


そう言うと、2人とも間抜けな顔をした。
その顔があまりにも面白すぎて、堪えれずに笑い声を零した。すると、数秒とたたない内に2人の顔は真っ赤になる。


「〜〜っ、船長!」
「まったく、貴方って言う人は……」


顔を真っ赤にして喜びつつ恥ずかしがっているキャスと、喜び半分呆れ半分という顔のペンギン。


「キャプテーン!タオル持ってきたよー!」
「サンキュ、ベポ」


酸欠状態と海水に浸ったことによる脱力感から幾分か解放されたおれは、やはり酸欠にも、脱力状態にもならないこの潜水艦に抱かれているのが一番心地よい気がした。


end




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