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「ん…」
骸がゆっくりと瞼を開けると、日はずいぶんと傾いていた。
「寝ていましたか…」
ぼんやり起き上がるとパサッと体から落ちる鮮やかなエメラルドの学ラン。
「これは…」
黒曜の学ラン。
これを掛けたのは一人しか思い当たらず、骸は思わず笑みを溢した。
(不器用ですね)
そんな所も愛おしい、なんて思いながら雲雀を捜す。
しかし一緒に寝ていたはずの雲雀は見当たらず、仕方なく屋上を降りようと骸は扉を開けた。
その時、
「六道くん…好き、です」
(!?)
驚きの余りその場に立ち止まった。
見れば階段を1つ降った踊り場で女子生徒に告白されている自分の姿。
自分、と言っても今あの中にいるのは雲雀なのだが。
「わ、私…たまに見かける六道くんがカッコいいなって思ってて…」
(なんてタイミングの悪い…)
入れ替わったタイミングで自分に告白している彼女も、ドンピシャで出会してしまった自分も。
きっと雲雀からしてみたらいい迷惑だろう。
「最初はお友達からでいいんで、あの、えっと…」
(一体なんて答えるんでしょう…)
まぁもちろん勝手にokしないだろうが、保留にするのかフッてしまうのか、正直気になるところだ。
骸からしてみれば、自分は雲雀と言う好きな人がいるためok以外の返しならばどれも困らないのだが。
(さて、一体どんな返しを…)
「悪いけど、僕には好きな人がいるから君の気持ちにはずっと応えられないよ」
(え?)
息を殺し、階段に隠れながら自分と少女を覗いていた骸は目を丸くした。
そして嫌な汗が出た。
自分の気持ちが、バレていたかもしれないと。
「だからごめんね」
「あ、あの!!その好きな人って誰ですか!?」
少女の言葉に骸も雲雀も驚いていた。
するとその様子が伝わったのか少女は真っ赤になって俯いた。
「えっと…ハッキリ誰が好きって言ってもらえた方が諦めきれる、かなって…」
上から覗く骸には見えなかったが、少女の目にじんわりと涙が浮かんでいた。
その様子を目の前で見ていた雲雀は少し視線を泳がして、ボソリと言った。
「…雲雀、恭弥」
「え…」
「信じられないかもしれないけど…好き、なん…です」
目を見開いた少女から顔を剃らし、雲雀はそう骸に真似て言った。
そして骸は一気に熱が引くのが分かった。
いつから気づかれていたのか、骸には全く分からない。
「そ、か…そっか…頑張って下さい」
「……ありがとう」
涙を流しながらも笑って見せる少女に雲雀も笑顔を向けた。
笑顔を見た少女は満足そうに階段を駆けていき、その場は静まり返った。
(どうしたら…いいんでしょう)
このまま出ていって、どうなるのか骸には検討も付かない。
だが骸の中には無惨にもフラれる自分が見えて、その恐怖からその場から動けない。
しばらくしてふと、雲雀が呟くのが聞こえた。
「君が本当に…僕を好きでいてくれたらいいのにね…」
その言葉はまるで、切望する様な響きをしていた。
雲雀の言う"君"と、"僕"が、誰を指しているのかは分からない。
しかし骸は、もう止まっては居られないことだけは分かった。
「雲雀くん」
「!!」
「今の、は―――」
声をかけると、雲雀はハッと顔を向けた。色で例えるなら澄みきった無色透明の表情。
そんな表情を見つめながら一歩ずつ骸が階段を降りて近づくと突然雲雀は真っ赤になって走り出した。
「え、ちょ、待っ!!」
それに釣られて骸も後を追う。
なんだ今の反応は。まるで、まるで自分が勘違いしてもいいような反応。
「なんで逃げるんですか!!」
「うるさい来るな!!」
「っ待ちなさい!!!」
なかなか追い付かない背中に痺れを切らし、骸は階段から飛んだ。
すると雲雀は意表を突かれた様でギョッとして立ち止まる。
そのまま、骸は逃げられないよう手を掴んだのはいいものの、
「あ―――!!」
「っ、!!」
勢いが付きすぎたらしく足を滑らす両者。
もちろん支えてくれるものなど無く、二人は今朝のようにまた階段を転がり落ちた。
「「―――っ!!」」
そして、今朝と同じ感覚がした。
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