夫が死んだ。
今のご時世、人が戦で死ぬのはそう珍しいことではない。ましてや戦忍だった夫は尚更、別れだって何時あってもおかしくはなかった。
遺体も遺品もないまま作った簡易な墓前で哀悼をする。
夫の先輩だった天才忍者と謳われる男との夢を一つ、叶えた直後の死だった。
墓からの閑かな緑の風景を無感覚に眺め、本来のしなければならないことをぼんやりと思い出す。
「…仕事、しなきゃなぁ」
手向けの小さな花から工具袋に持ちかえ、深い木々の合間を縫って移動する。しばらく足を向けた先には、真新しい屋敷の様な建物が立ち並ぶ"学園"があった。
「「おはようございます、棟さん!」」
「あぁ、おはよう」
体格のいい同僚達に返事を返し、その離れにある基礎が出来上がった小屋へ移動する。基礎が出来たといっても本柱が立っただけのもので、その小屋に壁や扉はついていない。
身軽さを生かして母屋へ飛び移り、屋根の土台となる垂木を釘で打ち付けて固定する。
トン、トン、トトッ…
「この小屋で最後、か」
これが完成すれば計画通りの"学園"が完成し、長く関わった大工仕事も終わる。だが、仕事の達成感は感じられても夫はもういない。
「聞いてくれ×××、俺は忍者を育てる学園を作りたいと思っているんだ」
「面白そうですね、大川先輩!僕も手伝います」
「なら、お前は妻が作った学園の先生になったらどうだ?良い案だろう」
「それ最高です!完成が楽しみだなぁ。
棟、頑張って完成させてくれよ!」
彼は、ひどく楽しみにしていたのに。
「なぁ×××、お前さんが死んだ今に学園が出来ても
忍者の先生になると言っていた夢は叶えられないな」
誰に言うでもなく語りかけ、作業を黙々と続ける。
トン、トン、トトッ…
屋根の土台が完成する、その時だった。
「棟さーん、一度休憩しませんかー?
一雨来そうですよー!」
後輩仲間の言葉に屈んだ体勢からふっ、と空を見上げれば成る程、確かに青空は身を潜め厚い雲が覆っている。雨が降っては視界も悪くなるし足元も危険になるのだ、此処は一度休むべきだろう。
「今行くよ、」と返事を返して…急に立ち上がったのがいけなかった。
途端にぐにゃり、とぶれる鈍色の空。立ち眩みで均衡を崩し、後ろにふらついてしまった。
しまったと思った時には足は屋根を踏み外し、体が地面へ傾いていた。咄嗟に手を伸ばしたが、鑢[やすり]をかけていない木のささくれに引っ掛けて手を切るだけに留まる。
(あぁ、勘弁してくれ。仕事はまだ残っているのに…)
思考力が鈍っているからか、立ち眩みの影響か。どちらにせよ、碌な受け身もとれないままぐっと目を閉じて衝撃を待つ。
「「「棟さん!!」」」
最後に怒号とも悲鳴ともとれる男達の声が聞こえ―
私はダン!と叩きつけられた。
喪失しゆくは身体か心か それとも
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所謂プロローグ的な話
(20110315)