檸檬だ.
いや、ピーチ味だ.

昼休みの仮眠室に顔を出すと、何やら熱い論戦で賑わっている.
昼寝をしに来たのに、と内心むくれつつ、取り敢えず話の輪に入る.


「なに?何の話?」

「お、アクセルか.」

「そういや、お前はどうなんだ?」

「恋人くらいいんだろ.」


いきなり絡まれてしまった.
恋人はいるにはいるが、それがどうしたというのだ.


「だから、何の話なんだって.内容が呑み込めないんだけど.」


少し苛苛しながら返すと、その若いハンター達は、悪い悪い、と笑った.
そして、人差し指をピンと立てて、ニヤリと口許をだらしなく歪める.


「キスの味の話だよ.」

「は?」

「だから、恋人とのキスの味について語らってたんだって.」


な、と、愉快そうに顔を見合わせている.
人間もレプリロイドも、このくらいの年齢だと盛り上がる内容も大差ない.
アクセルもまた、お年頃といえばお年頃だが、レッドアラート生活に慣れすぎていて、そういった男子トークに馴染みが無かった.
だから、馬鹿馬鹿しいとは思いつつ、つい興味を惹かれてしまった.


「ふぅん….ちゅーの味か….」

「やっぱイチゴだよな?」

「馬鹿言え.砂糖だろ.」


全員恋人持ちらしく、各々で自分の意見を主張し合っている.
どれも過剰補正がかかっていそうではあるが.


「で、お前はどうだと思ったんだ?」


やはりというか、此方にも矛先が向けられる.
しばし思案顔をしたアクセルは、ふと思い出したように顔を上げた.


「うーん、ボクはー…」









「エックス、ボクのこと愛してるんだよね!」


仕事中に指令室に飛び込み、元気良くとんでもないことを言い放った恋人に、エックスは開いた口を塞ぐことが出来なかった.
シグナスはコーヒーの入ったマグを落とし、ゼロは提出資料用のペンタブを折り、エイリアは目を丸くした.
この五人しかいなくて幸いだったのか、はたまた不幸だったのか.
怒りよりもまず脱力感に襲われ、エックスはその場によろよろとしゃがみこんだ.
何かの期待に満ち満ちたアクセルの子供らしい笑顔に、やっとの思いで言葉を返す.


「あく、アク、セル.いきなり何言って…」

「恋人同士は、付き合って二週間でちゅーするんだって!だから今しよ!すぐしよ!」


きらきらとした曇りのない瞳で言い放たれた言葉は、さらにエックスを打ちのめした.
だが、もう遅い.
今、明らかに自分を取り巻く空気が変わったのを、肌で感じた.


「うそー、あなたたち、付き合ってたの?」

「あ…、やば、これ秘密だっけ?」


あっさりと驚くエイリアに対し、アクセルが思い出したようにあわてだした.
それはまだ良い.
後ろの二人から向けられる視線が怖すぎて、エックスは振り向く事が出来なかった.
だが、間を置かず、そんなエックスの肩に手が置かれた.


「なあエックス….ゼロ先輩は、詳しいことをまだ何にも聞いちゃいないんだがな.」


地の底から響くような声で、ゼロはゆっくりと呟いた.
どこか、嘘であって欲しいとすがるような響きもあるように思える.
泣きたい.今此処から逃げ出したい.
エックスは両手で顔を覆って、深く溜め息をついた.


「悪いことは言わない.考え直せ、エックス.相手は見た目も中身もお前よりガキだぞ….」


何だか、ゼロが珍しく必死で、とても怖い.


「お、お前たち、ハンター同士での不純同性交遊などと、部下に示しがつかないことを….」


シグナスも、驚く観点がずれてて、何だか怖い.
限界を感じたエックスは、素早く立ち上がるやいなや、アクセルの手を取って、自動扉を蹴り破って逃げ出した.









「この…ばか!ばか!鶏頭!」

「いたっ!」


拳骨で殴られた頭を押さえ、アクセルは不思議そうにエックスを仰ぎ見た.
全力疾走の為だけではない、顔に差した赤みがはっきり見える.


「お前の!そのいい加減な所が嫌いなんだ!」

「ご、ごめん….」


エックスが怒っている時は、素直に謝るに限る.
滅多に爆発しない分、その時が恐ろしいのだ.


「秘密、だったよね.ごめんね.」

「….」

「ごめんなさい.」

「…今回は許す.」


泣きそうな顔で、下から、丁寧に謝る.
ほら.
これで落ちなかった事はない.
手慣れた手段で彼の怒りを鎮め、アクセルはこっそりと笑みを浮かべた.
アクセルのおねだりに弱いエックスは、すっかりと怒気を抜かれて、疲れた顔で額に手を当てた.
自室まで飛び込んで、大いに怒鳴ってやろうと思ったのに.
今更仕事に戻る気にも慣れず、エックスは仕方無しにこの手のかかる恋人を持て成す事にした.


「…コーヒーでいいか.」

「あ、お構い無くー.でも、出来ればホットミルクがいいな.」

「砂糖は?」

「小さじ五杯.」


キッチンに向かったエックスは、程なくして戻ってきた.
湯気の立つカップを口に運びながら、エックスは本題を切り出した.


「で.何だったんだ、さっきの、二週間がどうとかって.」

「あ!そうだった!ちゅーしよエックス!」

「!」


言うやいなや.
がばっと抱き着いてきたアクセルにソファーに押し倒された.
が、間一髪の所で、エックスは手のひらでアクセルの顔を押し返した.
尚も不服そうに頬を膨らませるアクセルに、エックスは驚きに上擦った声で叫んだ.


「な、ん、の、つ、も、りだ、何の!」

「だから、何度も言ってるじゃん.キスだよキス.ケーアイエスエス.」

「そうじゃない!どうしていきなりなんだ!」


じりじりとアクセルの下から這い出ながら、エックスが問いただす.
すると、アクセルは少し照れたように呟いた.


「だってドラマで、恋人にキスするタイミングってそのくらいがベターって.」

「…あのなアクセル.」


そういうのは決まりではなくて、個人差があるものだ.
そうエックスが続けようとしたが.


「エックスのために、二週間になるまで我慢しようって決めてたんだ.だからさ、ねー、いいでしょ.」


畳み掛けるようなアクセル必殺の懇願攻撃に、思わず言葉を呑み込んでしまった.
毎回勝手な振る舞いに振り回されているとはいえ、エックスにとっても、やはりアクセルは大切な恋人だ.ここまでお願いされて、それをバッサリと無下にすることなど出来ない.

しかし、このまま流されっぱなしで妥協するのも少し面白くない.



「分かった.そこまで言うのなら….」

「え、いいの.」

「ああ.」


やったあ、とはしゃいで、早速肩に手を置こうとするアクセルに、エックスはただし、と付け加えた.
疑問符を浮かべるアクセルだったが、エックスが自分のコーヒーを手に取ったとたん、狼狽えだした.


「エックス、それってもしかして….」

「そう.おれが大好きで、お子様舌なお前が大嫌いな、特濃ブラックコーヒー.」

「え、ちょっと待ってよ、まさか、」

「これ、全部飲んだら、おれからキスしてやる.」


エックスから.
その魅惑的な響きに、思わず手渡されたカップをじっと見つめる.
だが.


「でも、でも….これ、焦げ茶色通り越して、漆黒になってるんだけど….」

「おれはその濃さが好きなんだ.文句は?」

「いえ….」


泣きそうになりながら、一口啜る.
瞬間、舌が痺れたようにびりびりした.
苦いなんてものじゃない.


「う、うええ無理!!」

「やっぱりかあ.」

「ひどいよエックス….そんなに嫌なの、ボクとのキス….」

「わ、ごめん.さすがにからかいすぎた.」


眉尻を八の字に下げ、しょんぼりとしたアクセルに、エックスは慌てて謝った.



「その、別に嫌じゃないんだ.ちょっと仕返しをしようと思っただけで…」

「……….」

「ええと、アクセル.ごめん.やっぱりしてもいいから、」

「………今、いいって言ったね?」

「え?」


そう言って顔を上げたアクセルには、反撃の色がありありと浮かんでいた.
エックスがたじろいでいる僅な間に、彼を再びソファーに沈ませた.
自分の甘いホットミルクに手を伸ばし、一口、口に含む.

(苦かったら、甘くすれば良いじゃん!)

そのまま、エックスの頬を両手で包み、口付けた.







「…ホットミルク、いや、カフェオレかなあ.」

「か、カフェオレ?」

「そ.」


意外な回答に、相手のハンターも妙な顔をしていた.
自分でも、なんでそんな大分前のキスの思い出なんかを引っ張りだしたかは分からないけど、多分、あれが初めてのキスだったからなんだと思う.
今でも、あの嬉しさとドキドキは、まだはっきりと覚えている.


「すんごい甘かった.」

「だよなあ!やっぱ甘いよなあ!」


結局、全員が"キスは総じて甘いもの"という意見に収まったようだ.
たまには、他人のこういう馬鹿げた恋ばなを聴くのも悪くない.
そう思いながらいそいそと昼寝の為に寝そべったとき、仮眠室の扉が遠慮がちに開けられた.
隙間からひょこりと覗く、青い装甲.


「あ、いたいたアクセル.召集だ.行くぞ.」


手招きをするエックスに笑顔を向け、アクセルは跳ね起きた.
相変わらず盛り上がる仮眠室では、彼一人が抜けても誰も気が付かない.
そのまま連れ立って廊下に出ると、アクセルはエックスの手を握った.


「ねえ、エックス.」

「何だ.」


あの時より、数段優しくなった緑の瞳が、自分を映す.


「ちゅーしてもいいかなあ?」

「…いいよ.」






END.








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