お姫さまと 2カップを手にとるのにも、ケーキを口に運ぶのにも、彼女の行動全てに「上品」という単語がついてまわっている。
緑色の美しい髪は、彼女のその上品なしぐさによく合っている。
テーブルを挟んだ向こう側で紅茶を飲む彼女の姿に、私は目が釘付けになる。
私だって見た目の美しさには自信があるし、正直彼女に負けているとも思わない。ただ‥何て言うのかしら。神秘的な髪色のせいか、はたまたそれが彼女の種族がもつ性質なのか、私とはまた違う儚げな「静」の美しさが彼女にはあるように思う。
そんな私の視線に気がつき、彼女が顔をこちらに向ける。
「なんですの?」
「いえ、綺麗だなぁと思って」
「ありがとうございますわ」
とだけ言って、彼女は私から目線を外してしまう。
こうして二人で話すのは初めてだけれど、彼女とは何度かパーティーでお会いしたことがあった。その時から、若いのに美しい立ち居振舞いをする人だなと思っていたのよね。
私は持っていたカップをおいて、彼女と話す体勢を作り直す。
「あなたは、テレサのお屋敷のお嬢様だと伺っているわ。あなたのことは、先日の冒険前から何度か見かけたことがあったけれど、物腰がとってもお上品で、私も大臣も一目おいていたのよ。こうしてお話することが出来て嬉しいわ」
「そう言って頂けて光栄ですわ」
「でも、今日はパーティーでも式典でもないわ」
そう言って私はテーブルに肘をついて頬杖をつく。
「どうか今日は何も気にせずティーパーティーを楽しんでね。出来れば、自然体のあなたと話をしたいの」
私の言葉に、彼女は黙ったまま私をじっと見つめる。返す言葉をゆっくり選んでいるみたい。
「お気遣い、ありがとうございますわ」
お礼を言ったあと、「でも」と彼女は付け足す。
「あたくしは、別に上品に振る舞おうと思ってしているわけではありませんわ。これがあたくしにとっての自然体、ですわよ」
なるほど。根っからのお嬢様ということかしら。
私も、みんなの前では彼女の様に、姫として恥ずかしくない振る舞いをするけど、大臣たちの目がなくなれば、大きな欠伸をしてそのポーズを簡単に崩してしまう。
そう言えば、マリオの話じゃ、彼女はこのドレス姿で冒険をしていたのよね。彼女にしてみたら、これが自然な自分ということなのね。
「ねぇ」と私は彼女に呼び掛ける。
「あなたから見てマリオはどういう人かしら」
「そうですわね‥粗暴で考えなしで、テンションが高いだけのヒゲのおじ様といったとこかしら?」
‥あらら?マリオに対する彼女からの評価は思いの外に低いようね。
「でも、人を惹き付ける魅力のある方だと思いますわ」
‥でも、ないみたい。
結局、見るとこは見てるのね。
「あなたはどうなんですの?‥あなたとマリオは、いわゆる恋人同士、なんですわよね?」
「え!?」
彼女からされた突然の質問に、私は大きく動揺してしまう。彼女はさらに、「違うんですの?」と聞いてくる。
「えっと‥、違う‥かしら?‥うん」
私のあいまいな返事に、彼女は黙って私の言葉の続きを待っている。
そうね。彼女に嘘を付く意味もないし、正直に言うべきね。
「こんなこと言うと‥自意識過剰というか、自分をお高く見ているようで嫌なんだけれど‥」
「ええ、どうぞ」
彼女は私に、言葉の先を促す。
「私は彼が好きだし、彼も私を好きだと思うのよ。でもやっぱり、私がこの国の姫だから、一歩ひいてるところが彼にはあるの」
これは、彼を見て私が勝手に出した結論だけれど、たぶん合っていると思う。
「大臣たちも、マリオに『私を救ってくれるヒーロー』以上の役割を求めてはいないのよね。それをマリオもわかっているんだと思うわ。キノコ王国の姫としてふさわしい相手と結ばれるべきだって‥。いえ、もちろんそれは当然の考えだってわかってるのよ?大臣もマリオも私のことを考えてくれているからこそ、そういう態度で居てくれるの」
自分を助けてくれるヒーローにうつつを抜かしているような女の子は、一国の姫としては少しロマンチスト過ぎるもの。国の評価が上がるエピソードとは思えない。
大臣の考えもマリオの気持ちも全部わかっている。みんな私のことを考えていてくれるの。
カップの中身にうつった自分を見て、無意識のうちに伏し目がちになっている私を、彼女のその大きな瞳がまっすぐ見つめているのが伝わってきた。
彼女はいつもまっすぐに人を見るのね。
「でも、それって、なんだかムカつきますわね」
突然聞こえてきた、予想外の言葉に、私は目をぱちくりさせる。
‥ムカつく?
お嬢様の彼女から出てきた、まるで今時の普通の女の子のような単語に違和感を覚えずにはいられない。
「マリオたちの悪口を言うわけではないですけれど、それって勝手ではありませんこと?こちらの気持ちを全く考えていませんわ。結局、自分勝手で臆病者なだけなんですのよ」
悪口を言うつもりはない?十分悪く言ってると思うわ。
「大体、大臣たちは立場上そういう態度でいなければいけないのはわかりますけど、そこでマリオがひいてしまうのは違うと思いますわ!男なら周りなんか無視して‥むしろ周りを全員納得させてあなたを奪ってみろ!!って話ですわ!!」
彼女は、ばんっ、とテーブルをたたいて椅子から身を乗り出して立ち上がる。
叩いた衝撃で、カップの紅茶が少しだけこぼれる。テーブルマナーとしては、もう最悪ね。
「そうじゃありませんこと!!?」
びし!!っとこちらを指差してまっすぐにこちらを見てくる。
そのあまりの迫力に少したじろいでしまったが、
「‥そうね、そうよね!!」
と、私は彼女の言葉に便乗して、今まで押し込めていた気持ちを吐き出すことにする。
「本当に私が好きならそれぐらいして欲しいわよね!私の気持ちも考えて欲しいわよね!」
「そうですわよ!一人でうじうじ悩んじゃって‥男らしくないですわ!!」
そう言うと、彼女は勢い良くフォークをパンケーキに刺してそれをほおばる。
「静」の美しさ、なんてとんでもなかったわ。
彼女って、もしかして私よりおてんばなんじゃないかしら。
口をもぐもぐさせながら、どかっ、と威勢良く座る彼女を見て、私は思わず笑みをこぼしてしまう。
「なんですの?」
「いえ、ごめんなさい。その‥さすがはマリオの仲間だなあと思って」
私は口に手を当てて笑いを隠しながら彼女に言う。
「どういう意味ですの?」
「大好きってことよ」
彼女は、さっぱり意味がわからない、とでも言いたそうな顔をしている。
疑問符を浮かべる彼女を前に、私は一人彼女の印象について考えてみる。
‥そうね。良く言えば、不思議な魅力のある‥悪く言ってしまえば、おかしな人かもしれないわね。
そんな失礼なことを考えていたら、彼女がまた予想外の言葉を口にする。
「あなたっておかしな人ですわね」
ぶっ、と私は思わず飲んでいた紅茶を吹き出してしまった。
「だ、大丈夫ですの!?」
ゴホゴホとむせる私を見て、彼女が心配して席から立ち上がる。
まさかそれをあなたに言われるとは‥。むしろあなたにだけは言われたくないわ!
ふう、と呼吸を落ち着かせたあと、空に浮かぶ満月を見上げる。
彼女とのお茶会は夜。テレサという種族の性質に合わせて、彼女たちが一日の中で最も活発化するという夜に招待させてもらった。
さてと。この辺でひとつ、以前クリオにもした話題を振ってみようかしら。
まあ、彼女のことだから、大賛成なのはわかりきっていることだけど、どんな意見を言ってくれるのか興味があるわ。
「ねえ、レサレサ。私、今度マリオと一緒に冒険に行こうと思うんだけど、どうかしら?」
私の言葉に、彼女の付けている大きな赤いリボンがふわりと揺れた。
prev | next