お姫さまと「はい、どうぞ」
「あっ、すいません!ありがとうございます!」
私が彼に淹れたての紅茶を差し出すと、彼は大きな声でお礼を言った。
どうにも肩に力が入っているみたい。
「いいえ。熱いから気を付けてね。‥それと、敬語はやめてね。あなたが敬語を使うなら私も敬語で話さなくちゃいけないじゃない」
「え、でも‥」
「いいから。お願いね」
うん、わかった、と素直に私の言うことを聞いてくれる彼。
これが他の人だったら、「一国の姫と対等に話すなんて滅相もございません」って一蹴されちゃう。
これは、彼が子どもであることに理由があるのかしら。
子どもは考え方が柔軟だものね。
なんてことを考えながら、カップに口を付ける。
彼とのティーパーティーを楽しむために、キノコ城の庭にセッティングしてもらった小さなティーテーブル。
私と彼は、テーブルを挟んで向かいあって座っている。
少し離れたところでは見張りのキノピオが立っている。本当は二人きりが良かったのだけれど、何かあった時のために、と大臣に言われて一人キノピオを付けられてしまった。
まぁ、今まで何度もさらわれた実績(?)がある以上仕方ないわよね。
ふと、彼が目の前のケーキスタンドにまだ一度も手を伸ばしていないことに気づく。遠慮しないで食べてね、と言うと、彼は、ぱぁっ、と顔を明るくさせて、いただきまぁす!!と言ってケーキスタンドの上段にあるフルーツケーキを手に取った。
美味しそうにケーキを食べる彼を見てから、ねぇ、と私は口を開く。
「あなたと冒険する時、マリオはどんな感じなの?」
私の唐突な質問に、彼は口をもぐもぐ言わせながらこちらを向く。
どんな感じ‥と一瞬言葉を考えてから、「かっこいい!!」と彼は眼を輝かせて答えた。
マリオがかっこいいことなんて私だってわかってるけど、こう改めて言われると自分が誉められてるわけでもないのに嬉しくなってしまう。
「かっこいいの?ねぇ、どういうところが?」
「あのね、すごい強い!!どんな敵も倒しちゃうんだよ!!」
うんうん、他には?と、私は彼に更なるマリオへの賞賛の言葉を求める。
「あと、えっと‥ご飯食べるのが早い!一口がでかいんだ!!あと‥お酒弱いくせに平気で一気とかするんだよ!!すっごいよね!!」
‥んん?‥うん、確かにすごいけど、私が求めてるマリオへの誉め言葉とは少しずれているような‥。
「オイラ、マリオ大好きなんだ!オイラの妹もマリオ大好きなんだよ!前にマリオにちゅーしたことあるくらい‥」
はっ、とそこまで言って彼は口をおさえる。
何か、まずいことでも言ってしまったような顔をしている。
「ごめん、ピーチ姫とマリオは‥その‥」
と言いながら、申し訳なさそうにこちらを見る。
‥ああ、やっぱり私たちのことは伝わってるわよね。
というか‥、
「やだわ。いいのよ気にしなくて。小さい子のやることだもの」
そりゃ、綺麗な女の人とか可愛い女の子にされたのなら嫉妬くらいするかもしれないけど、さすがに今目の前に居る彼の妹じゃ幼すぎるもの。完璧に対象外よ。
そうだよね!と、彼はホッと胸を撫で下ろす。
「しかも、ほっぺちゅーだし!それなら、ネールとかピンキーもしてたし!」
「ネール‥ピンキー‥?」
確か、ネールは星の精だったわよね。ピンキーはマリオと一緒に冒険した仲間だったわ。
二人とも綺麗で可愛い子だったような‥。
考え込む私に気づいて、彼は再び「しまった!」という顔をして、慌てて話を振ってくる。
「あああそういえば!!オイラの妹さ!ピーチ姫が大好きなんだ!ピーチ姫の人形とか持ってるんだよ!」
あら、そうなの?と、私は彼の話に耳を傾ける。
ピーチ姫みたいな綺麗なお姫様になりたいんだって、と彼は楽しげに話す。雰囲気に慣れてきたのか、今度はスコーンに手を伸ばし、慣れたような手つきでクリームとジャムをつけていく。
綺麗なお姫様、と言われ、私は思わず口元を緩める。やっぱり誉められて悪い気はしないもの。
「ピーチ姫のファンって多いんだよ。城内にもいっぱい居るし‥あ、実はね、城内の有志を募って出来たピーチ姫のファンクラブがあるんだよ。月に一度会議があってピーチ姫の魅力について語ってるんだってさ」
‥驚いた。自分のファンクラブがあることもそうだけど、城内で暮らしている私よりも城内の事情に詳しい彼の情報量にね。
「‥そういえば、マリオやティンクから聞いていたわ。あなた、ものしりなんですってね。そういう情報はどこから仕入れて来るの?」
「へへ。まぁ、それについてはシークレットってことで」
城内に、彼に情報を流している人でもいるのかしら。そうだとしたら問題だけれど‥とりあえず、大人顔負けの情報収集能力の高さは、さすがマリオの仲間ってとこかしら。城で雇いたいくらいだわ。
と、そこで突然、彼は食べていたスコーンを置いてこちらに向き直る。
「あのさピーチ姫‥なんで今日オイラをお城に呼んだの?」
彼の言葉を聞いて、私もカップを一旦置いて、彼を見据える。
そりゃあ、突然お城からお茶会の招待状が届いたら疑問に思うわよね。
「話をしたかったの。マリオと一緒に冒険をしたあなたたちと。一対一でね」
「‥マリオの話を聞きたかったの?それとも、マリオと冒険をした人がどんな人か知りたかった?」
「両方とも当たりね。でも一番の理由が入ってないわ」
「一番の理由?」
彼は首を傾げる。
その顔が可愛くて、ふふっ、と私は笑みをこぼす。
「仲良くなりたかったの。マリオの仲間のあなたたちと。絶対に素敵な人だと思ったから!」
きょとんとした顔で彼が私を見ている。私はそんなに可笑しいことを言ったのかしら。黙っていると、彼は、あはははっ、と勢いよく笑い出す。
「すごいや!ピーチ姫と仲良くしてもらえるなんて!」
「私ね、計画があるのよ」
「計画?」
私は身を乗り出して、彼にだけ聞こえるように声を小さくして話す。
「私ね、いつかマリオと一緒に冒険してみたいの」
「えぇ?それはどうかなぁ‥マリオが許してくれないんじゃない?」
「わかってるわ。だから、次あなたたちがマリオと一緒に冒険する時は、こっそり私も連れてって欲しいの。マリオに見つからないように」
「うぇえ!?オイラたちがマリオに怒られるよ!」
「大丈夫よ。見つかったら私がマリオに事情を話すわ。マリオは私には頭が上がらないんだから」
彼はまた、あはははっ、と声をあげて笑う。
「ヒーローなのにね!」
「そう、ヒーローなのにね!結構チキンなのよ、あの人!」
近くに居る見張りが、羨ましそうにこちらを見ている。
話の内容が気になるのね。でも、これは私と彼の秘密の会話にしたいから、話には入れてあげられないわ。
「ピーチ姫って意外とおてんばなんだね。キノコ城のパーティーで見たときは、もっとおしとやかなお姫様かと思ってた」
「それは、誉め言葉として受け取っていいのかしら?」
「うん、いいよ!」
彼の言葉に今度は私がふき出す。
いひひっ、と歯を見せて笑う彼。クリボーの特徴であるキバがまだ生えていないのは、やっぱり彼が子どもだから?
「紅茶のおかわりはいかがかしら。クリオ」
「もらいまーす!」
日射しが心地よい、午後のティーパーティー。
お開きにはもう少し時間がかかりそうね。
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