杉浦の唇が菅野に触れる。

啄む様に確かめ、それから深く深く。
相手の存在。

杉浦だ。
杉浦さんだ。
菅野がそう感じるのと同時に、杉浦はもっと菅野を過敏に感じている。

ビールで湿った菅野の唇。
冷たい様な温い様な。
下唇が膨らんでいて、それを甘く噛むだけで心地好い。

気持ちのいい事しか、しない。

菅野が杉浦にそう覚悟させた。


「杉浦さん、飲みに行きませんか」

二度目のキスの後、二人はやはり何事も無かったかの様にそれまで通りの生活を続けていた。

出社し、挨拶をし、当日の業務をこなし、各店の業績に喜び、落ち込み、新たな目標を立て、そしてそれぞれの妻の待つ家へと帰った。

心だけが違った。

自分には杉浦がいる。

自分には菅野がいる。

理由はわからないが惹かれる。
そんな相手が存在する。

その、気持ち。



「うん、飲む…かな」
悩んだふりだけした。
菅野が破顔する。
「どこ行きます?」
「そうだね…駅前でいいよね」
「そうですね、桃山で?」
「いいね天麩羅」
「じゃあ決まり。終わりましょう」
「うん」
PCをシャットダウン。

菅野が誘ってくるのを、自分は待っていたのだと杉浦は思う。
自分は勇気がなくて、意気地がなくて。
相手がアクションを起こすのをただ待っているだけなのだ。

また菅野が、本当はあのキスを、後悔しているのではないかという期待もしていた。

どちらも杉浦の本心で、それ以上でもそれ以下でもない。
菅野と一緒にいたい。
菅野から離れたい。

どちらも、杉浦の本心。


天麩羅の美味しい居酒屋でビールと日本酒を飲み、仕事の話を中心に話を楽しんだ。

菅野の言葉は心地好い。

前向きで建設的で、話をしているだけで心が躍る。
一緒にいるだけで楽しい。
一緒にいるだけで、自分まで何かしらよい方向に変われる様な気がして来る。

菅野も似た感情になる。
杉浦は聞き上手で、頷いてくれるだけで自分に自信が持てる。
杉浦がフォローしてくれると思うから、自分は好きな事を伸び伸びとする事が出来る。

自分を、好きになれる。

そう気がついた時、お互いの視線が交わった。

そうか、かんちゃんと一緒にいると、自分を好きになれるんだな。
だから楽しいんだ。
だから、かんちゃんを好きになってしまうんだ。

見つめた先で菅野が笑った。

「出ましょうか、杉浦さん」
菅野が笑う。
歯を出して、綺麗に笑う。
いい顔だ、といつも思う。
「帰ろうか、菅野くん」
「そうですね。僕DVD返しに行かなきゃ。付き合ってくれます?」
「うん、いいよ。何借りたの」
「エッチな奴です。見ます?」
「んーん、いらない…嘘でしょ」
「嘘ですよ。子供の見る奴。菓子パンのアニメ」
それを聞いて、杉浦は笑った。


レンタルショップで一時間程過ごした。
何を選ぶ訳でもなく、借りる物がある訳でもなく。
ただ二人で、この映画は見たとかこれが気になるだとか、そんな話をして。

離れ難い。

初めて恋をしたかの様な感情。

店を出て、自然と足が暗がりへ進む。
いつしかどちらともなく手を繋いだ。
人通りの少ない小路で、キスをした。

好きだ、と言葉にはしない。
惹かれる、それを態度で示すしか出来ない。

何度も相手の唇を求め、吸い、舐めて、噛んで。

どうしようもないこの感情をただ唇に乗せた。

離れ難い。
離れたくない。
このまま一つになりたい。

菅野と一緒なら、なんでも出来る。
杉浦と一緒ならばなんでも出来る。

二人で向こうを目指すなら、面倒な事はしない。

心地好い事しか、もう選ばない。

唇を離して、杉浦は菅野を抱きしめて、宣言した。

「菅野くんの目指す物を、僕も目指す」
「どうしたんですかいきなり」
腕の中で菅野が笑う。
抱きしめる。
「菅野くんのフォローを僕はするから、僕は菅野くんを守る」
「杉浦さん」
「地獄に堕ちても菅野くんに付き合うよ」
「地獄なんか行かないですよ。二人で行くならどこだって天国です。いいところへ行きましょう」
「…かんちゃん」
「なぁに、杉浦さん」
「かんちゃんがいいところ行こうって言うと、いやらしいね」
「邪念ばっかりですね、杉浦さんは」

笑った。

息が白かった。


20090629完





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