上司から入電。
営業所杉浦デスクではなく携帯電話へ。

『お誕生日おめでとう、杉浦さん』

菅野の声を聞くのは昨日ぶりだ。
昨日。
24時間経ってないのに、懐かしくて堪らない。

「ありがとう…ございます」
突然の挨拶に驚いて。
約束をしていた筈なのに、つい、敬語になってしまった。

『それ止めて下さいって言ったでしょ杉浦さん』
「うん、ごめんね」
二人で話をする時は、上司と部下である事は忘れよう。
そう約束した。
約束させられた。菅野に。

『お幾つに?』
電話の向こう側で菅野がニヤニヤと笑っているのがたやすく想像出来た。
知ってる癖に。
「あんまり言いたくないんだけどなー…」
『今月、本店だけで新規、杉浦さんの歳の二倍で』
ニヤニヤ。笑っている。そんな声。
「出すよ。出します菅野さん」
『お願いしますね杉浦さん』
ニヤニヤ。菅野の表情を近くに感じる。

本店だけで新規80台。

難しいが、出来ない数字ではないだろう。
本店ならばやれるかもしれない。
違う。

やらせなくては。

今はゴールデンウイーク後半。
今日明日中に数字を潰せば、夢でも無い台数。

「…来年なったら、二台増えるのかな」

杉浦は冗談めかして尋ねてみた。

菅野のニヤニヤ声が急に真剣な表情に変わる。

『来年も、杉浦さんはそこにいるんですか?』

返答出来なくなった。
菅野が続ける。

『僕のいる所まで来てくれないんですか?』

やはり、返答出来ない。

自分は菅野の様に器用ではない。
不器用に、ゆっくりと仕事をする。

菅野の様には、なれない。

『僕は、杉浦さんと仕事したい。そこにいた時、杉浦さんとなら何でも出来るって思った』

買いかぶり過ぎだよかんちゃん。
僕は不器用過ぎて、かんちゃんに頼りっきりだったじゃないか。

『杉浦さん、来て下さい。僕と一緒に仕事しようよ。…したくないですか』
「したいよ」

かんちゃんと同じ目標を見て走るのは、楽しかった。楽しすぎた。
余りにも楽しすぎて、今、かんちゃんのいない今、僕は抜け殻だ。

何も無い。
なにもない。

『…杉浦さんは、僕をよく誤解するけど…』
「してないよ」
『してますよ。僕はね、杉浦さんが思うよりは意志が弱いって事です。…来年の今日には僕、本社に行くかもしれない。杉浦さんを待ち切れなくて』

心臓が止まりそうになった。

そんな先まで考えている。
菅野はどこまでも上へ行く。
行ける男だ。

なのに自分は。

歯を食いしばる。
何も言えない。

『だから杉浦さん』
「…うん」
『出来るだけ、早めに。僕に会いに来て下さい…ね?』
「うん。うん、わかった、かんちゃん」
『約束ですよ』
「約束ばっかりだね」
『そうですよ。杉浦さんは、僕みたいに多少杉浦さんのリズムを崩してひっかきまわすタイプの方が合ってると思いますよ』
「うん。その通りだと思う」
『…じゃあ』
「言いたい事、言えた?」
『言いました。あ、もう一回』
「ん?」
『お誕生日、おめでとうございます。近くにいれなくて残念だ』
「…ありがとう。じゃあ」
『じゃあ』

切る。


天井を見上げてため息。

自己嫌悪。
6つも年下の上司に現実を突き付けられて。
6つじゃない。
今日で7つ、差が開いた。


「…ヘタレてる場合じゃないんだよな」
独り言。

今年の誕生日。
営業所の中、マエデン販路部。
そこには杉浦しかいない。

去年はそこに菅野がいた。

来年は。

杉浦は携帯をもう一度取り出し、本店に入れる。

「お疲れー。秋山ちゃん?はいはい、今何台?全部で。そう、今日まで。…OK、今ね、菅野マネから目標台数もらいました。何台だと思う、今月?…甘いな秋山ちゃんーあのね…」


来年は、菅野の傍にいたい。
菅野が自分を必要としてくれるなら。
いてやりたい。



20090613完

※サイト開設一ヶ月記念のリクエストで、810SHの方から「どちらかの誕生日」というお題。
スギサマの誕生日しかわからなかったので杉浦バージョンです。





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