モダンジャズが流れる創作料理の店。
菅野の妻がはしゃぐ。
「パパったらこんな素敵なお店、秘密にしてぇ」
「秘密じゃないよ、だから今日連れてきたでしょ」
自分の妻の前でもその笑顔なのか、腹の底で何を考えているのかわからない笑顔。
そう見えるのは自分がおかしいからなのか。
杉浦は目の前の夫婦を見つめてから、次に自分の妻の表情を伺う。
こちらも終始笑顔。
アルコールの所為か、頬が少し紅潮している。
自分よりやや年上の妻。
杉浦夫婦に子供はいない。
出来ないのだ。
どちらに原因があるのか、調べたことさえない。
いや、原因なんて無いのかもしれないし、或いは妻は既に自分の検査は済ませているのかもしれない。
一方菅野には三人の子供がいる。
子供たちは菅野の両親に預けて、ダブルデート。
三日前。
杉浦は業務中に妻へ電話をした。
業務中ではあったが、事務所内には杉浦の他、菅野しかいなかった。
安心してサボる。
「いつもの店、予約したから。うん、出来るだけ早く帰りますよ。もちろん。うん、もちろんプレゼントもあるよ」
妻への言葉。
電話を切ると、いつの間にか背後に忍び寄っていた菅野が、杉浦に抱きついてきた。
「ちょ…何してんのかんちゃん」
「いーなーいーなぁ。僕も『いつもの店』行きたいですよ」
「『マーレ』だよ?かんちゃんとは先週行ったでしょ」
「いーなぁいーなぁ、奥さん愛されてますねぇ」
「かんちゃんだって奥さん愛してるでしょ」
「そーですよ?」
「二人で行ってきなよ」
「二人で、行きます、じゃあ」
にっこり笑う菅野を見て、少し背中が寒くなった。
子供のいない夫婦が、月に一度の外食デートを楽しむ日に。
菅野夫妻はその店に偶然を装ってやってきた。
ああ、確かにこういう事を平気でやる男だよ菅野くんは。
半ば予想していたこのシチュエーション。
「あー、お疲れ様です杉浦さん。あちゃー、僕やってしまったな。デートの日でしたね。ママ、他行こう」
自分の妻に微笑みかける。
自宅でもそれですか菅野くん。
この場合どれが間男だ?菅野だ。菅野が悪役。間違いない。
ならば受けて立つ。浮気してる主役の男が自分の役だと杉浦は悟った。
「奥さんこんばんわ。良かったら一緒にどうですか?妻も喜びます。ね、美由紀さん」
「ええ、座って座って真由ちゃん」
「ご無沙汰しててすみません」
妻二人が明るい会話を囀る。可愛らしい小鳥。
一方菅野は相変わらずの微笑みで杉浦を眺めている。
「お邪魔していいですか、杉浦さん」
「構わないよ、僕とかんちゃんの仲でしょ」
「ですよねー。杉浦さんと僕の間ですもんねぇ」
それを聞いた菅野の妻が菅野を肘で小突く。
「ちょっとパパ、失礼でしょ。すみません杉浦さん」
「挨拶はその辺でいいでしょ、弘基くん早く早く、二人にグラス」
妻に命じられる。
自分は小間使いだ。主役なんて柄じゃなかった。このままじゃ間男役(自分の浮気相手だ!)が主役を演じ始める。
小間使いどころじゃない、自分は道化師役なのかもしれない。
道化師が一番の腕のある役者。ならばこの危機も凌いでみせる。




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