春ダウナー


「鬱は治りかけの時が一番自殺に向かいたがるって言うじゃないですかー。僕ねー、この季節には特にそれを実感できますねー」

菅野が青いポップコーンを頬張りながら滑舌良く喋り出した。
器用なものだな、と感心しながら杉浦もピンク色のポップコーンを少し摘む。

「あれってなんでかなーって思ってたんですよねー。色んな本とかサイトとか読みましたけどぉ。元気になりはじめてからの方が危ないってね、よく書いてありますね。自分としては理解出来ないです。元気になってくんなら死に向かうなんて考えに至りませんもんねー。でもねー」

青空を見上げる。
つられて杉浦も見上げた。
桜は満開。
風はやや冷たい。
日差しは暖かい。

「桜の季節には少しだけ、元気になった時ほど死に向かいたい気持ちがわかるような気がするんです。だってね。どうせ死ぬならね。灰色の落ち込んだ気分の悪い時じゃなくて、最高の美しい天気と風景に囲まれていたいもん。ベストのコンディションで死ねるなら安心感がある」
「何言ってるんだい。孫やひ孫に囲まれて惜しまれながら畳の上で死ぬ方こそベストなコンディションじゃないの?僕ならそう思うけどな」
「僕だって春以外なら、売り場で死にたいですよ!生涯現役!死ぬなら売り場!営業所内は嫌だ、契約中がいい!」
「契約中に死なれたらお客様びっくりするからやめてよ。会社的にも迷惑だよ、ブラック企業の名を欲しいままにしちゃうよ」
「過労死はしません、契約中に老衰で」
「老後は若い人達に道を明け渡してね、自分達は若い頃に出来なかった趣味とかをね、楽しむためにあるらしいよ」
「趣味仕事で何が悪いんですかねー。まあとにかくー。僕が言いたいのはー。一番幸せな時に死にたいって気持ちは理解出来るなーって事ですよねー。毎日、杉浦さんと一緒にいる時に思いますよ。今ここで死ねるなら一番幸せだって」
「そんな事になったら僕不幸せだよ。今この場でかんちゃんが倒れたら困るよ。迷惑です」
「ですよねー。春ですからね。春。変な人増えますからね」

自らについては棚に上げて、菅野は周囲をぐるりと顔を傾け見回した。
肩の凝りをほぐすように二周して、杉浦へと視線を戻す。

杉浦が微笑み、それにつられる。

「千秋公園てさ、目の前だけど、本当に滅多に来れないよね」
「営業所出たってすぐ駐車場から店舗とか帰宅ですしね。あー。これでビール飲めたら最高ですねぇ」

秋田市内もようやく花見の季節が訪れた。
東北の遅い春。
営業所の入るビル目前には久保田城跡である千秋公園がある。
毎年春には桜まつりやつつじまつりが行われ、夏は水掘りが蓮池と化し賑わいもある。
だが、結局は自分達のようなサラリーマンにはそんなイベントごとなど無関係だ。
気がつけば桜も散り土崎の曳山行事も市内の竿灯も終わり、雪も降らない内からスタッドレスタイヤとファンヒーターのテレビCMが流れ始めて慌てて初売り商戦の準備をはじめるのだ。

だから思い切って今年は来てみた。
昼休み。
露店で割高な飲み物と軽食を購入し、スーツのままでベンチに座り、花見の気分を楽しんでいる。

平日だが人は多い。
子供が多いのだ。どこかの幼稚園が遠足に使っているようだった。

菅野がもう一度呟いた。
幸せそうに。

「あー。このまま死んでしまいたいなあ」

晴天で。
桜はこんなにも美しく咲き乱れて。

自分ならばこう言い換えるのに。

『このまま時間が止まればいい』

杉浦は声には出さず、ただ幸福そうに桜を見上げる菅野の横顔を見つめた。


20140603 完結
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