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遠くて近い
竹中が言うのだ。
「秋田市ってなんでこう、こう…寒いのかしらね。風が止まないのよね、ここ。原田じゃこんな風吹かなかったわ。盆地だから夏暑くて冬寒かったけど、こんな風は無かったのよ。いっつも。いーっつもよ。秋田市は風が吹いてる」
そうなのだろうか。そうなんだろう。
秋田から出たことのない杉浦にはよくわからない事だ。
仙台だって寒いじゃないかと反論すると、竹中は決まって
「アレはビル風じゃないの。湾岸方面出たって所詮太平洋の風よ。優しいもんだワ。秋田市の風はダメ、日本海の風。演歌の世界よ」
そうかもしれない。
そんな会話があったと思い出し、菅野に伝えた。
菅野はいつものニヤニヤ顔のまま(つまり表情を一切変えず)答えた。
「杉浦さん今、アレ見て思い出したんでしょ、その話」
大きな羽。風車。風力発電。立ち並ぶ巨大な建築物の群れ。
それらが車内から望める。
杉浦と菅野は今、海沿いを走っていた。
東北、初秋の海沿い。
沿岸側の道路には無いが、市内の道路には広葉樹の葉が朽ち落ちて広がり、または隅に追いやられ、短かった夏の記憶を薄れさす為のアイテムとして活躍している。
冬支度をしろ、と空が言っているようだ。
ふとどこに向かおうとしているのかを忘れそうになる。
今日は、山形まで足を運ぶのだ。一泊して更に翌日には仙台へ入る。
立て掛けたバーバチカタブのマップ上、自分達の社用車がピンになって動いている。
菅野はいつものニヤニヤ顔で(つまりとても詰まらなさそうに)、
「秋田はさ、この風なんとかしないと人口減る一方ですよ。この風のせい。みんな風のせい」
そう答えて運転する杉浦の肩に頭を寄せる。
「僕ちょっと眠いです」
「そう。助手席はちゃんとリクライニングシートですよ。倒してごゆっくりお休みください菅野さん」
「甘えたいんだなあ菅野さんは」
頭をくっつけたままで杉浦を上目遣いで見つめているようだが、杉浦は運転中だ。
前に集中するのみ。
「帰りはどーします?泉寄りましょうね。お土産頼まれてるんで」
「アウトレットモール?うん。いいよ。僕も何か買いたい」
「ポールスミス?杉浦さんのそのバーバチカタブのケース、ボロボロじゃないですか。変えたらいいのに。せっかくのバーバチカタブもポールスミスもみっともないことになってます」
「あそこにポールスミス入ってないよ。それにこれは、いいんだ」
「どうして?そんなにボロいのに?」
ニヤニヤの振動が肩から伝わってくる。
本当にニヤニヤしているのだ。
わかっている癖に。
このポールスミスのバーバチカタブケースを、ボロボロになるまで使いまくって、それでも交換しないのはわかっている癖に。
それでも答える、応える、相手の希望だから。
「だってこれ、かんちゃんから貰った物だからね。誕生日のね。嬉しいからずっと使いたいんだよ」
前を見続けて。
肩から更に振動。大きくブレる。ふふふ、と妙な呼吸音もする。
菅野は喜んでいるのだ。
「嬉しいですか。そうですか。ふひひ。へへ。じゃあ新しいモデルのバーバチカタブが出たらそれ、杉浦さん買うでしょう。そのケースを僕が新調して差し上げましょう」
「僕はそのお返しに何をあげたら君は喜んでくれるかな?」
杉浦のその返答は少しだけ菅野にとっては想定外だったようだ。
ぴたりと振動が止まる。
それから大きく深く、息を吐き出した。
「んーとですねえ。あのですねぇ。んーとねえ…」
まるで子供がサンタにプレゼントを依頼するかのように真剣に。
そして思い出したかのように。
「風の無いところへ連れてってください。4月。旅行に行きましょう。ね。そうだ。そうしようよ。今年は桜、一緒に見ましたけど千秋公演もやっぱり風強かったですしね。あったかかったけどさ。風の無いところ」
風の無いところへ二人で。
逃避行のように。
それもいい。それはいい。名案だ。
「風の無いところってどこかな」
「どこでしょうね。あんまり遠出は出来そうにないですからね。どこがいいかなー」
「まだ11月になったばかりだからね。行き先は追い追い。来年の話なんてしてたら鬼が笑う」
「鬼?その鬼ってなんなのかなあ」
「…目下は年末商戦ですかね、菅野さん」
「んー。確かに」
菅野からの振動が止まった。
平常時のニヤニヤ顔に戻ったのだろうと推測する。
赤信号で停まる。
周囲に他の車は無い。
キスをしようかとも思ったが、杉浦は菅野の小さな頭を撫でるだけにした。
菅野は瞼を閉じて、心地良さげに仮眠の準備をはじめたようだ。
20141118
完結
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