救済-Облегчение-



徳島の駅前にいた。
正確には、多分ここはポッポ街と呼ばれている場所だ。
アーケード街。
南海ブックスの前に俺はいた。

どうやって家を飛び出たのかもよく覚えていない。

タクシーでもつかまえたんだろうか。バス?
誰も追って来てない。

最後の記憶はばーちゃんが猫いないって言ってた事。

手にはバーバチカと財布。
それだけだった。

何時なんだろう。
バーバチカの画面を見る。
昼前。
昼前?
空腹さえ感じない。
手が震える。
俺は決して動揺してなかった。
震えていたのは、バーバチカだ。
マサトシのおっちゃんからのメッセージが届いていた。
アプリを起動する。

「マサトシのおっちゃん今日は休みもおて神戸に来てます。実家帰って来てんのよ。徳島と神戸は海越えてすぐやなー。近くにおんねんね。会いにいこかなー?」

今度は本当に手が震えた。
心が震えて、手が震えた。
マサトシのおっちゃんに。会いたい。
助けてくれとは言わない。言いたいけど言えない。
会いたい。

会いたいと言ってくれる人に会いたい。
俺は誰かに会いたいと思われているって。そう感じたい。
そのあとどうなってもいいんだ。
おっちゃんにがっかりされようがどうだっていいんだ。

このままここにいたら、俺は本当にもう、二度と暖かい太陽の下の道なんか歩けない。
そう思った。思い込んだ。

マサトシのおっちゃんあてに通話要請。
すぐに出てくれた。

『おー。おったおったー。キミこの時間寝とるんちゃうかなおもてね、通話遠慮してんけど』
「おっちゃん、おっちゃん……神戸って、どうやって行くの」

思ったような声が出なかった。
ボソボソした情けない声。
聞こえただろうか。
おっちゃんに俺の声はバーバチカを通してちゃんと届いたんだろうか。

短い沈黙。

その後すぐにおっちゃんはしっかりした声で確かめるように俺に、俺に教えた。

『ほんなん、なんぼでも方法あるよ。
君今手に持ってんの何?バーバチカやろ。スマホや。なんの為にあるん。まず徳島から高松までのバス調べなさい。それから、高松神戸フェリーって検索しなさい。それくらいやったらやれるやろ』

指示が多くて一気に言われて、何がなんだかわからない。
マサトシのおっちゃんまで俺に冷たい。

「できない、むりできない、むずかしいよ、わかんないできないむり」
『そんな言い訳僕聞かんよ。出来る出来なじゃないんだよ。やるんよ。やらなあかん。おっちゃんに会いに来るんやろ』
「会いたい」

今すぐに。
マサトシのおっちゃんに会わなきゃならない。
もう俺はそれしか考えられなくて。

冷たいって感じていたマサトシのおっちゃんが電話の向こうで笑った。

『ミナトくん、ほな君な、僕が今日仙台おったらどないして来る気やったん。
僕、あんな遠いとっからそっちまで迎えに行けへんで。君が来なあかん。
そしたらバーバチカちゃんと使こて。字ぃ入れたらええだけや。字は読めるんやろ。
僕に早よ会いたないんか?
おっちゃんやけど、きっと君の役に立てるよ僕』

本当に?

声に出さなかったそれを、マサトシのおっちゃんは理解したかのように。

『ホンマよ。ミナトくん。僕の言う事だけ信じなさい』

堰を切ったように、と言うのはこう言う事なんだなって思った。
俺の涙腺が突然決壊した。

俺の知らない時代「昭和」の匂いが漂っているような、そんな商店街の中で。

俺は泣いて。
声も出さずに泣いて。
バーバチカの向こうの顔も知らない年上のおじさんに縋った。

「今から、行く」
『そやね。急いだ方がええね。フェリーの時間わかったらメッセちょうだい。僕も時間調整して、迎えに行くからね。心配せんでええよ。大丈夫』

そう言って通話は途切れた。

充電の量。
半分より上くらい。
充電器なんか無い。
メッセ送る分だけ必死で残そう。
バーバチカの電源を切った。
バス停。探す。高松行き。急がないと。

俺はマサトシのおっちゃんに会いに行く。


20140625 続


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