恋路の闇


どこから入って来たのだろう。

ホテルの窓は締め切っている筈なのに。

「きっと、杉浦さんのスーツにくっついて来たんですよ」

菅野が杉浦の喉に唇を当てて静かに囁く。

「そうかな。だったら君のスーツかもしれないじゃないか」

杉浦も、菅野の髪を撫で、耳を撫で、首や肩を撫でながら答える。

「近くに川でもあるんでしょうか」
「そうかもしれないね」

横たわる杉浦の体から少しだけ身を離し、菅野は愛撫の手を止めて、暗い部屋の天井を見上げた。

「綺麗だな、蛍。久しぶりに見た。何年ぶりだろ」

杉浦も菅野の視線の先を追う。

ほわり、ほわり。
点滅する仄かな光。
天井を行ったり、来たり。

「光るのは、オスだよね」
「そうですね。高い所を飛ぶのもオスじゃなかったかな」
「そうなの?メスは低空飛行?」
「そうだったように思います」
「じゃあ、いつまでたっても巡り会えないじゃないか」

杉浦が驚いたように言うと、菅野はヒヒヒ、と妙な笑い方をした。

「そういやそうですよねえ。いや僕も、昔読んだ本……子供向けの図鑑かなんかでね、そう書いてたような気がするってだけで。でもそうですよね、杉浦さんの言う通りだ。飛んでる場所が違うなら、あんだけ光ってアピールしたって、ねえ」

またヒヒヒと笑う。
ああ、またかんちゃんにからかわれたのかな。
杉浦は蛍に向けていた視線を菅野に戻す。

菅野も杉浦へと瞳を向ける。

蛍にとっては暗闇かもしれないが、自分達には目が慣れてきた。
菅野が微笑んでいるのもわかる。

「杉浦さん、虫は嫌いですよね。硬直するくらい」
「嫌いだよ。大嫌いだ」
「蛍って虫ですよ?」
「光ってるのしか見えないからね」
「小さいけど、明るい所で見たら結構グロいですよね」
「そうなの?」
「どっちにしても」

菅野はまた、天井付近でふらふらと点滅を繰り返す小さな灯りを見上げる。

「こんな部屋に入っちゃったら、運命の相手にも出会えない」
「逃がしてあげてよ、かんちゃん」
「届かないですよあんな高い所。杉浦さんが捕まえて」
「嫌だ、虫だろ」
「酷いね杉浦さんて」

ヒヒヒと笑われる。

杉浦は少しだけ、ほんの少しだけだが胸が痛んだ。

杉浦も菅野も、蛍を部屋の外に出すよう努力しない。

きっと蛍は、明日の朝には力尽きる。この部屋で。
杉浦と菅野も出て行くこの部屋で。

僕には関係無い。
こんな所に迷い込む蛍が悪い。

嘯いて。
小さな痛みを忘れたくて、菅野の細い首を引き寄せ、瞼を閉じてキスを交わした。



20120806  完結
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