承認欲求不満気味


労働が好きだ。

社会に必要とされている自分を感じられるからだ。

働く事は大好きだ。

働いて賃金を稼ぎ、欲しい物を買い、家族を安心させられる。
それを幸せだと感じられる。

自分は。


隣の杉浦が珍しく夜のローカル情報誌を眺めている。

枕を腰に充て、座っている。

菅野は杉浦の横顔を寝そべり下からながら眺めていた。

「何を熱心に読んでるんですー?」

尋ねてみた。

杉浦は真顔のままで答えた。

「女の子って、いいよね。男より色んな職種選べるよね」

菅野も真顔になってしまった。

「どう言う事ですか?」
「女の子って、もう本当にさ、どうしようもなくなったらさ、こういう仕事を選択出来るんだろうなって」

そう言いながら杉浦は菅野にローカル情報誌の真ん中辺りのページを開いて見せた。

グラビア。
生活感の無い部屋で撮影されたように思える。
ウェーブの掛かった髪の長い女性が下着姿で赤いソファに座っているだけの写真。
顔は白いぼかしが入っている。

「デリ?」
「そうだね。かんちゃんは呼んだ事ないんだよね」
「杉浦さんは?」
「僕は基本的には淡白な方だからねえ。君に振り回されてるだけだもん。えと……うん、60分で13000円?そんなお金あったら僕は飲みに出掛けたいしなあ」
「杉浦さんは信用してないみたいだけど、前にも言いましたが僕は無いですよ。なんで女とセックスするのに金払わなきゃいけないんですか。俺が頑張ってるんだから俺に払えよってくらいですよ」
「……かんちゃんにお支払いした方がいいのかな?」
「そういう事じゃないです。僕がね、女性の為に頑張ってるんだから僕の方にお給料発生するでしょって」
「……んじゃ僕はかんちゃんからお給料貰えるの?」
「……そういう意味でもないんですが……」
「僕頑張ってない?」
「杉浦さん、ちょっと。誤解しないで下さい。僕ね、わかってくれてると思いますけど、女と違ってさ、ちゃんとわかりやすいでしょ?いったらいったでわかるでしょ?女みたいに嘘つきません」
「でもドライでいったら女の子と一緒だもん、よくわかんないよ、自己申告だもん」
「……お支払いしますか?」
「冗談だよかんちゃん」
「杉浦さんの冗談はわかりにくいです。冗談なら冗談だよって表情してくれないと困ります」
「冗談だよ」

そう言うと杉浦は少量の笑みを浮かべた。

菅野も気付かれないように小さく安堵の息を吐く。

冗談なんだな。

甘えて杉浦の体に密着する。

「杉浦さん。ミナトがね」
「うん。ミナトくんだね。元気かな」
「さあ。知りません。ミナトが昔ね。言ってました。『俺はこんな仕事してるけど、税金も納めてるし、自分で作った借金は無い』って」
「うん」
「でね、ミナトの奴ね、自分の事は棚に上げてたんだよな今考えてみたら。『客の中にたまにいるんだ、どう見ても生活保護受けてて、精神疾患で、自立支援受けてて、なのに俺を呼ぶ奴。腹立つ。オーナーに次からはNGだって必ず言ってた。だって俺の払った税金使って、俺とやってんだよ。俺、自分の税金回収できた訳じゃないんだよ。俺は俺の金払って働かない奴のチンポしゃぶってんだぜ。どんだけアホだよ俺。働くの馬鹿らしくなってくるよ』って」
「……あー。うん、まあ、うん、そうだねえ」
「今考えたら、お前もジャンキーの自傷野郎じゃねーかって思いますけどね。その時は俺も腹立ちました。客にね。セックスしてんじゃねーよしっかり治して働いてからセックスしろよって」
「あー……うん、ああ……セックスはいいんじゃないの」
「自由恋愛のセックスはいいですよ。金銭の授受が発生するような性交渉なんかより先にする事あるだろって話ですよ」
「うん、まあ、うん、そうだねえ」
「よって僕はですね、流行りの生活保護に関してはどちらかと言えば現物支給にしろよ派です」
「かんちゃん珍しく社会派だね」
「理不尽だと思ったからですよ。ミナトの話は」
「そうだね、ミナトくんはね、特にそう感じただろうねえ」
「労働して貯めた金でスッキリしやがれって僕は思うんですけどね。どうなんですかね。これも最低限の文化的なホニャララですかね」
「セックスが?さあ。文化なの?」
「不倫は文化」
「彼はその発言を一生無関係の他人から言われ続けるんだろうねえ」
「靴下持ってないとかね!」
「持ってるらしいよ」
「若い奥さんに履かせてもらってるんですかねぇ。杉浦さんも履かせてもらってそうですけど」

ふざけてそう言うと杉浦は黙り込んだ。
更にふざけて菅野は追い討ちをかけてみようとする。

「下着もはかせてもらってそうですもんねぇ杉浦さん」
「……かんちゃんさ、奥さんが妊娠してる時、履かせてあげなかった?靴下。あと足の爪。切ってあげなかった?臨月のお腹って凄いね、怖いね、あの中に人間が入ってるんだもんね」

菅野は苦笑する。
話題が噛みあわなくなってきた。
自分は杉浦をネタにして笑いたいのに。
杉浦は自分を蔑みたいのかと思えてきた。

そんな物だ。
会話なんて、コミュニケーションなんて。

お互い「わかったふりをする」、その演技力を披露するだけの物だ。
大した技術でもない。

それでも。


出来る事なら杉浦となら全てを分かち合いたい。
一つになりたい。
杉浦が視る世界を自分も知りたい。
自分の事もそう思っていて欲しい。

働く事はとても好きだ。
社会に存在していても良いのだと自分は感じられる。
自分は許された存在なのだと、そう思い込める。
報酬を手にして、その範囲内で好きなことを楽しめる。

その点恋愛は難しくて、どうにもならなくて、たった一人の人間の気持ちさえ自由に出来ない。

一番の問題は自分自身がコントロール出来ない点だ。
それに尽きる。

20140603 完結
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