灰色空は無関係


ホワイトクリスマスにはならなかった。
2013年12月24日及び25日、秋田市。

18時半。
県立美術館前のイルミネーションは思いのほか美しく、煌びやかで、だがそこに徒歩で立ち寄りはしなかった。

たくさんの男女が手を繋ぎながら、そして腕を絡ませたり肩を組んだりしているそれらを、菅野も車の中から見つめていた。

運転席側の杉浦は右車線から千秋公園側を臨み、凍てつくお堀を流し見た。
今年はそれほど寒くない。現状は。
去年から今年の冬は本当に嫌になる積雪だった。
いや、積雪如何では無いのだろう。

何度となく県北出身の竹中や、県南出身の森に言われたのだ。
曰く「秋田市の除雪業者は下手くそだ」。

それを自分に言われてもどうしようもない。
自分はただのケータイ売りのサラリーマンだ。
それでもやはり、車で小道に入った時の積雪量には閉口した。
それほどまでに前シーズンの雪には凄まじく悩まされた。

菅野が運転席の杉浦を振り向いて微笑む。
「んー。車内がいい匂いです!ケーキ!僕ケーキ大好きですよ、何号のでしたっけ?」

後部座席に置いたワンホールのクリスマスケーキの箱を覗き見ていた。
杉浦は答える。

「5号」
「えー。小さい!僕、5号なんてペロリですよ、いっとまかに食べちゃいますけどねー」
「いっとまかって久しぶりに聞いたなあ」
「5号なんて瞬殺です、杉浦さんに食べる暇を与えないね!」
「それでいいんだよ、かんちゃんに食べさせたくて買ってきたんだからね。かおる堂のふるふる。5号だけど高さがあるからね。ボリュームあるよ」

杉浦がそう答えると菅野は嬉しそうにニヤニヤと肩を竦めて笑顔になった。
照れているのだろう。

杉浦は訊ねる。

「昨日もクリスマスケーキ食べたでしょ?」
「そりゃ家に帰ればありましたよ、ケーキ。大半は嫁と子にやっつけられててね、僕のは一切れです。パパは残業せずにみんな大好きパーティバーレルをちゃーんと予約して買ってったってのにねえ。ケーキで満腹なってチキンは不要なんだって!なんだよそれって感じですよ」
「そのチキンの山はどうしたの?」
「もちろんパパのビールのつまみです、全部」
「聞いてるだけで胸焼けするねえ……」

車は赤信号で停車した。
少しだけうんざりした表情をわざと作り、菅野に見せつける。
それにも菅野は喜ぶ。
嬉しそうに笑う。

菅野が視線を左に投げた。

「あ、古畑さんだ」
「ああ、QOQOの支店前だね。これからハイジマ回るのかな?」

ライバル会社の支店入口からライバルの営業担当が出てきていた。
ビル下駐車場の白い社用車に乗り込むのが見えた。

「ハイジマねえ、インナーじゃ買ってますし問題ないですけどね、ほんっと、ナカタマさんが邪魔だなあ。あそこのスタッフで副商材付けられるのも固定回線売れるのもナカタマさんだけなんだもんな。他の二人は脅威じゃないけど、本当に彼女だけはなー。古畑さんがスタッフの入れ替えしてナカタマさんみたいなガッツいてんの入れられたらたまんないです」
「仕方ないよ、タマちゃんは君を目標にしてるんだからね。それに他の二人は気になるレベルじゃないんだろ?君にとっては」
「まあ今の所は。うちのスタッフは優秀ですし。まあハイジマは僕には直接関係無いですけどね。それよりマエデンですよ。困ったなー」

新国道の交差点で右折。
土崎方面へ向かう。
何の躊躇いも無い。
就業時間内?関係ない。
直帰を宣言してきた。
各種報告に関しても明日朝一番に挙げられる。
とりあえず今日に関しては……いや、年内に大きな動きは無い。

初売りに向けてどう考え、どう対策するか、それだけだ。
だから。

これから土崎のデートホテルへ向かう。ふたりで。
赤と黒だけで構成された小洒落たデートホテル。
クリスマスに相応しい色彩。
フルーツがたくさん入った生クリームたっぷりのケーキと、昨日からトランクに押し込んだままの缶ビールを持ち込んで。

ビールは酷く冷えているだろう。
この時期、冷蔵庫に保管するよりも冷えている。間違いない。

「雪」
一言だけ、菅野が発した。
反応して杉浦もフロントガラスから天空を見上げる。

薄い紙切れのような雪が、舞い降りてきた。


20131225 完結
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