パラダイムダイス


空が高い。
長い梅雨が明けた。

手形のパチンコ屋の駐車場に車を駐めた。
二人で外へ出る。
少しだけ湿気を孕んだ熱気。
夏の濃い空気。

「七月の記憶なんて雨しかない」

そう呟いた菅野の表情を確認しようとやや後方を振り返ると、菅野は顎を上げて真っ直ぐに上空を見上げていた。

いつものように口角は上がり、弓なりの笑顔の目。
嬉しそうに青空を見上げていた。

「やっと夏だー」
「本当だね。八月だね」
「こんな日差し久しぶりです」
「そうだねえ。セミの声も聞こえて来たしね」
「竿燈、楽しめますよきっと」
「そうだねえ。いつにする?」
「5日はどうです?」
「6日の方が最終日だから盛り上がるんじゃない?」
「最終日かー」
「最終日嫌なの?」
「終わる雰囲気が切ないかなー。桟敷席片付けてるの見るとなんかここら辺がこう、もやもやしてきます」

菅野がネクタイをしないワイシャツの胸元で、掻き毟るような仕草を見せる。
それでも顔は笑っている。
杉浦も釣られて笑う。

「かんちゃんてそんなおセンチな事言うんだねえ」
「おセンチ……なんですかそれ、いつの時代の言葉ですか」
「可愛い事も言うんだなあと思ってさ」
「何度も言ってるように僕は可愛いんですよねー。お祭り男なんでー、ほら、文化祭の後とか……後夜祭とかね、ああ言うのが、好きだけど苦手です。取り返しのつかない感とか。焦燥感にも似てる気がして。もう戻らない時間ってのが肌にチクチクして」
「君にそんな繊細な感情があるなんて僕知らなかったよ」
「杉浦さんは僕をバカにし過ぎですよ!」
「バカになんかしてないよ。可愛いなあと思ったんだよ。拗ねてないで、行くよ」

駐車場から出て歩道。
すぐに横断歩道。丁度青信号へ変わる。

菅野が小さな細い体で踊るように歩く。
はしゃいでいるのだと杉浦は感じた。

「たいあん弁当久しぶりだね」
「ええ。月イチで食べたくなるなあ。癖になる」
「僕も好きだよ、唐揚げ弁当」
「杉浦さんが僕の好きな食べ物に同意してくれるのあんまり無いから嬉しいです!」
「君はちょっとね、舌が変だと思う事が稀にあるんだもん」
「たいあんの唐揚げ弁当も量多いから、また杉浦さんに反対されるかと思ったんですけどね」
「三個四個は余るから、それはかんちゃんにあげるね」
「胃薬持ってきました?」
「当然だよ」
「当然なんだー。僕には縁遠いなあ胃腸薬って」
「本当に頑丈なお腹してるよねかんちゃんは」

目的地「たいあん弁当手形店」に到着。
杉浦がカウンタ越しに店員に告げる。

「予約してた杉浦です」

出来上がっていた弁当を店員が杉浦に見せ、確認する。
いつものように蓋がせり上がっている。
大粒の鶏の唐揚げが約八個。
斜めになって蓋が閉まらない。
それもこの店人気ナンバーワン唐揚げ弁当の魅力の一つ。
それを二つ。

菅野が隣りから覗き込んで来たから、渡された弁当の袋を持たせた。
菅野が甘えるように言う。

「マヨネーズ買って下さいよ杉浦さん」
「ああそうだね。すみません、これも」

小分けのマヨネーズを一袋追加し、会計をしても二人分で1000円に満たない。

受け取り店を出る。

「どこで食べます?」
うきうきとした表情で菅野が杉浦を見上げる。

「一つ森公園行こうか」
「そうですね、賛成賛成。ピクニック気分ですねえ。夏様々サマー!」

並んでまた駐車場へ向かう。

高くて青い空。
手形山から聞こえて来るセミの声。
のんびりとした八月一日の午後三時。
遅い昼食をこれから外で楽しむ。


20130806 完結

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