今日は休日


「春は?」
「あけぼの。朝が良いんだね。陽が出てから。雪が融けてからの朝の散歩って、確かに気持ちいいもんねえ。今日みたいに」

そう答えた杉浦が、菅野を見下ろしながらゆっくりとした動作で菅野の髪を撫でようとした。

撫でようとしたように感じたから、菅野は後ずさりした。

「なんで逃げるのかんちゃん」
「あ、頭触られるのはちょっと」
「何言ってんだい。ハイジマ・ポルタ管轄になってからは進行してないよー」
「マ、マエデンの頃は進行してたって事です!?」
「違うよ、そんな事言ってないでしょ僕。どうして君はいちいちそんなことだけ気にするんだよ」

杉浦の長い腕が伸びて来て、菅野の髪、その上に乗っていた花弁を一枚摘まんだ。

「かんちゃんは通信の神様だけじゃなくって、春の神様にも愛されてるんだねえ。桜。桜の花びら。可愛いね。似合うね」

杉浦の長い人差し指と親指で摘ままれた桜の花弁。
菅野の目の前で嬉しそうに小さく振る。

そんな仕草を自然に見せる杉浦の方が可愛いのに。
菅野は思っていた言葉を口には出さずに、別の思い出話を展開する事に決めた。

「杉浦さん、冬もそんな事言ってましたね」
「そうだっけ?」
「うん。冬。正月明けだったかな。僕のね、目にね、雪が入ったんです」
「ああ。覚えてるよ。かんちゃんは目が大きいから雪が入っちゃうんだなって思ったんだ。僕小さいから入らないよ」
「それも言ってたけど、そうじゃなくて」
「ん?なんだっけ」
「『かんちゃん可愛いから、雪の女王様がかんちゃんの目にキスしたんだねえ』って。……なんですかこの罰ゲーム。自分で言うと恥ずかしいです」
「いつも自分で可愛いって言ってるじゃないか、君」
「自分で言うのはいいんですよ!杉浦さんこそ、そんな気障な台詞言って恥ずかしくないんですか」
「そんな事言ったかなあ僕」
「さっきも言ったじゃないですか。春の神様がどうとか」

唇を尖らせながら杉浦を見上げてみた。
そんな、笑顔だけではない自分の様々な変化に富んだ表情を杉浦が喜ぶから。

たくさんの自分を見せたくて。
笑顔の菅野、それだけではない事を伝えたくて。

わざと拗ねた表情を杉浦だけに見せる。

そうすると杉浦は穏やかに静かにそれでも幸せそうに微笑んで。

「清少納言曰く、夏は夜が良いらしいね。いつだったかな。かんちゃんの浴衣見たよね。良かったよ。浴衣姿は可愛いって言うよりかっこよかったね。また見たいな、かんちゃんの浴衣。今年は土崎の祭りに行こうよ」
「……杉浦さんも着ます?」
「うん。着るよ。行こうね」
「秋は?」
「ん?枕草子?秋は夕暮れだよ。ノスタルジックな風景だよね」
「秋の僕は?」
「ちょっと寂しそう」
「どうして?」
「さあ。どうしてかなあ。秋は寂しいし、夕暮れも寂しいし。なんでかな。大した施策が無いからかなあ。バーバチカの新作とかで盛り上がっててもいいのにね。売れてないから寂しいのかな」

それには少し反論する。

「違うよ。遅れてきた五月病だからです。杉浦さんがいなかったから、だから僕は寂しそうなんです」

エルデータの異動は主に5月に行われる。
一週間前に告知され、慌ただしく現場を去り、役職を変え、転居する。
日々の生活に追われて、気がつくと秋。

その頃ようやく人並みの「五月病」に罹病する。

「ごめんね、かんちゃん」
「謝ってる顔じゃないですそれ。ニヤニヤして」
「うん。あのね」
「なんですか」
「寂しそうなかんちゃんも可愛いね。抱きしめたくなるなあ」
「……ばーか」

そう言ってやったら、杉浦は嬉しそうに微笑んだ。


素直になるのは難しい。
恋する相手に嫌われたくない。
好かれたい。
だからこれまではずっと相手の喜ぶような態度だけを見せてきた。

だがそんな正直では無い物は、長続きしない。
幻想だ。

お互いにそれを実感して、今がある。

杉浦がそっと菅野の手を取って、握った。

指を絡ませて、繋いできた。

「かんちゃんはこういうの……なんて言うんだっけ。カップル繋ぎだっけ?慣れてそうだよね。僕は今、はじめてやってみたよ。ドキドキするねえ。なんでもっと早く、若い時にやっておかなかったかなあって後悔してるよ。でも、かんちゃんがはじめてで、良かったなって思ってるよ」

そう言った杉浦の頬を朝日が射す。
明るく染まる。
眩しい。

菅野は再度杉浦に問う。

「春は?」
「あけぼの。こんな時間帯の事なんだろうねえ」

誰も歩いていない秋田市内の繁華街、午前5時。
通称大町、或いは川反。
ラブホテルが数件並ぶ、通りの一角。

杉浦も菅野も昨日のスーツのまま。

「誰かに見られるかも」
「見られたらどうしようか、かんちゃん」
「構わないですよ」
「そうだね。構わないねえ」

杉浦が子供のように、繋いだ手を大袈裟に振るから。

菅野は楽しくて、笑った。


20130605 完結
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