なにもいらない


雨が止まない。
春の不安定な天候。

それは当然、梅雨の季節に入った後は爽快な夏が待っている合図でもあるが。

「それにしても眠いですねえ。気圧の所為だ。いつになったら晴れるんでしたっけ」

言いながら菅野がTシャツを脱ぎつつそれをソファに置く。

杉浦はベッドの縁に腰掛けてテレビのリモコンを弄り、民放でニュース番組を見つけてそこで止めた。

「明日の朝には収まるらしいね。去年のこの時期も荒れたよね、天候」
「そうでしたっけ。僕まだ仙台でしたから」
「ああそうだったね」
「誰かさんが勝手に『んじゃ僕はマネ降りてSVに戻りますんで。先に秋田帰ってるねー』って言うからね」
「そんなのまだ根に持ってんの」
「帰るなら一緒に帰りたかったのに」
「先に戻ってさ、マネが拠点を秋田に移しても問題ないようにしておくべきだと考えたんだよ」
「はいはい、そうですね」

四月の雨。

黒い長袖のシャツ一枚になった菅野が杉浦の隣に腰を下ろす。

杉浦は尋ねた。

「どうして原田へ行ってきたの?せっかくの休みなのに。バイクで行ったんじゃないんでしょ?」

それを聞いて菅野は照れたように眉を八の字に下げて笑った。

「しかもハイジマじゃなくてマエデンに。どうしたの。戻りたいの、マエデン販路」
「杉浦さんは戻りたく無いんですー?」
「僕はねえ。そうだねえ。どこでもいいよ。コンシューマなら」
「法人は嫌ですー?」
「面白いんだろうけどね。あんまり興味は無いかな」
「そう、僕もです」

答えると菅野は杉浦の胸にもたれ掛かった。
そのまま杉浦は仰向けに倒される。

脚をベッドの傍へ垂らし、二人で天井を見つめた。

星座が描かれている様だ。
部屋の照明を調光すると、きっとブラックライトが輝く仕様。

「なんで浜田ですー?」

菅野が薄笑いを浮かべながら、額を杉浦の胸元に擦り付ける。

杉浦も苦笑いで菅野の問いに答える。

「ここに来ると久々に感じるからね。エルデータの電波が弱いって言うの」
「確かに。あ、でもほら、LTEは拾いますよ?」

菅野は手にしていたバーバチカの画面を杉浦に見せる。
アンテナ数は二本。

「本当だ。いつの間に。でも3Gはダメなんだろうね。LTEだって怪しいじゃないかこの本数」

二人で笑いあった。

秋田市浜田は海沿いの地域。
利用しているデートホテルは海を見下ろす高台にある。

日中なら毒々しい色合いの外壁にうんざりしてしまうのだが、今は夜。
中に入ってしまえば古びた外観からは想像出来ない、新しさと清潔さのある部屋。

「かんちゃんもっと早く帰ってきてくれてたら、海も見たかったのにな」
「まだ季節じゃないですよ」
「本当は僕、今日は川辺行きたかったんだよ」
「あっちかー。カシェ綺麗ですもんねー。こっち帰ってきてからまだ行ってないですよね。どうせ時間あるんだし、川辺でも良かったですよ?」
「でも僕、海見たかったんだ。かんちゃんと」
「僕と?」
「そう。かんちゃんと、海見たかったな。天気良かったから」
「僕が戻って来た時には雨もう降ってましたよー。能代辺りで降り始めてたんだもん」
「早く戻ってきてくれたら良かったのに」
「仕事中だったでしょう杉浦さん。今月もポルタ頑張って下さいね。最悪ハイジマ東は諦めますから」
「諦めないでよかんちゃんらしくないなあ」
「ハイジマはねえ、中央ねえ……福澤さんと替わります?杉浦さん」
「嫌だよ。僕ポルタは嫌いじゃないもん」
「……マエデンより?」
「かんちゃんはマエデン大好きだねえ」
「一番売りやすいですから。僕のキャラにも合ってるし」
「それで原田のマエデン寄ったの?」

杉浦がそう言うと菅野はまたさっきと同じ、恥ずかしそうな笑みを見せた。

「杉浦さんは行っちゃダメですよ。原田のマエデンなんか」
「どうして?って言うか僕が原田に行く事は少ないと思うけど。ポルタ無いもん」
「そうじゃなくて。例えば七瀬さんと県北店舗回るとかさ、しなきゃ行けなくなったとしてね」
「それを言いつけるのは君じゃないか」
「そうですけどね。まああるとして。そう言う事が。でもね、原田のマエデン行ったとしてもね、それを口外しちゃいけません。特に福澤さんには」
「どうして?無理だよそんなの。予定はシェアしてるんだからバレないワケないじゃないか。バレたって別にどうって事無いでしょ?」
「福澤さん経由でサトリツさんに伝わるでしょう。そこから遠藤マリヤさんへと伝わる訳です」
「あ、ああ、ああ……」
「おわかりいただけましたね。ナカタマさんが怒り狂いますよ?」
「……それは嫌だなあ。タマちゃんてさ、珍しいよね。普通女の子って穏やかな時の方が売ってくれるよねえ。怒ってると売るんだもんねタマちゃんて。困るなあ。リューちゃんが困るよね。三月さー、久々に新規台数負けたもんね中央」
「だから原田なんか行っちゃダメです」
「かんちゃんは行っていいの?」
「僕はいいんです。あの雰囲気味わいたかっただけですから」
「ふーん」

毒にも薬にもならない会話が途切れた。

雨の音は聞こえない。
気配はする。

菅野が体を起こした。
杉浦に覆い被さるようにしてキスをする。

薄い唇。
菅野の唇。
口腔内。

数回舌を絡め合い、少しの間離れて、また同じキスを交わす。

三度繰り返してから、菅野は杉浦に身を預けるようにして重なった。
耳元で囁かれる。

「杉浦さんの舌、大好きです。厚いよね。なんで杉浦さんとキスすると気持ちいいかって、舌が厚いからなんだなきっと」
「そうなの?そうかなあ」

実は妻や今まで付き合ってきた女性達にも言われた事があった。

他人よりも舌が厚いらしい。
それがどうして快感を与えられるのかは自分ではわからない。

菅野の薄いのに柔らかい唇や、よく動く舌の方が自分には気持ち良いのに。

菅野が杉浦のワイシャツのボタンに指を掛けた。
上から一つずつ、丁寧に、ゆっくりと外されて行く。

それを感じながら杉浦は、明日の朝こそ雨が止む事を願っていた。

海を見せたい。
かんちゃんに。
助手席からでもいい、遠くからでもいい。
海を。波を。空も。

それを見て笑顔になる菅野を感じていたい。

「何をニヤニヤしてるんですー?やらしーなー杉浦さんは」
「ニヤニヤしてるのもいやらしいのもかんちゃんの担当だよ」
「そうかなー」

雨の音は聞こえない。
気配は感じる。

重たいような、優しいような、そんな空気。


20130410
完結

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