悪巫山戯で生きている


今日の予定をバタフライから確認する。

自分のではない。
菅野の予定だ。

「かんちゃん、昨日のはもう終わったの?」

遅い昼食を取りながら。
向かい側で菅野がニコニコと笑いながら頷いている。

郊外の定食屋。
今日、はじめて入った。
二人が持つバタフライのパスクーポンアプリが同時に反応したからだ。

自分達以外に客は居らず、多少不安になったが。

今、菅野はカキフライを頬張りながら美味そうに笑顔になっている。

「テストでひょ?出来てまふよー。ふあ、あっつー。旨ーい!テストはねー明日公開にしてー、皆にやってもらいます」
「そうなの。じゃあこの後は予定通りでいいんだね?」

杉浦もニシン蕎麦を啜る。
美味い。
外の寒さを忘れられる出汁の温かさ。

「いいですよー。たまには森さんに会わないとね。森さん寂しがってるだろうし」
「森ちゃんとどれくらい顔合わせてないの?」
「んー?森さんが虫垂炎で入院して以来?一ヶ月?二ヶ月?あれえ?もう三ヶ月になりますかねえ。会ってないですねー」
「わざとでしょ」
「何がですー?」
「わざと森くんのいない日狙ってたでしょ」
「そんなこと無いですよー?ポルタ行っても横田さんか斎藤さんしかいなくってー」
「僕が森ちゃんに嫌味言われちゃうんだけど。菅野さん隠してるんでしょ、ってさ」
「あっはっはー。僕は誰かさんのお陰で忙しい身なんです。だからその誰かさんが僕のせいで貧乏籤引いても僕の良心は全然痛みません」

それを聞いて杉浦は微笑し、向かい側で菅野が微笑む。

改めて思う事がある。
菅野の箸の持ち方が綺麗だ。
そして。

竹中がこの場に同席していたらきっとこう言うのだろう。
『ちょっとカンカン、そのほっぺぷるぷるすんのやめてヨ!気持ち悪いわ意味わかんない!ぶりっ子おっさん!!』

グルメレポートを試みる女性タレントがやるような仕草。
美味しそうに頬張り、幸せそうに頬を揺らして目を細める。

いつの時代の「可愛さ」だよと思いながらも、菅野がやるとわざとらしさが更に過剰となって、何故かそれは許される様な気がしてくる。

「杉浦さん、僕がてっぺんの星を飾るんですからね」
「うんうん。わかってるって」
「オーナメントは僕が全部やります。杉浦さんは電飾とか配線の事だけ考えててくれたらいいんですよ」
「もー。わかってるってば。年々子ども返りするねえ君は。幾つになったのかんちゃん」
「なんか最近その話ばっかりしてる気がしますけど。37ですよ!そうです僕がしょげてる理由はね、うちの子供達がね、パパに何も飾らせてくれなかったんですよね!サンタの正体バラしてやりたい気分でしたけど、でも僕は優しいパパなのでー。ネタバレは今年も無しです!」
「それがいいよ。特にミルちゃんはね。女の子だからねえ。いつまでもサンタを信じてて欲しいね」
「ミルモが真っ先に勘付きそうだけどなあ。杉浦さんて本当に女性を神聖視してますね」
「そうかな」
「そうですよ」
「そうかもしれないねえ」
「お姉さんお元気ですか」
「さあ。元気なんじゃない?」
「姉がいる弟はモテるんだってよく聞きますね」
「そうとは限らないと思うけどなあ。ああ、まあ、かんちゃんはそうかもね」

そう言うと菅野が破顔する。
嬉しそうに。
心から嬉しそうに、笑顔になる。

「ええ、僕はモテますので。さあ食い終わりましたね!」
「ちゃんと言って」
「父親みたいな台詞やめてくださいよー。『食べ終わりましたので』」
「うん、ご馳走さまでした」
「ほんっと、上品なのがお好きですよね杉浦さんて。中身は暴君なのに」
「だからこそ見た目はきちんとしてたいんだよ」
「あーえふりこぎはらだづーあいんすかはらわり」
「僕、かんちゃんが訛るのは好きだよ。可愛いよね」
「当たり前です、僕は可愛いんです。何故なら僕が正義ですからね」
「偏ってるなあ」
「食べ終わりましたね、行きますよポルタ!ツリーの飾り付けして久々の森さんとの再会をします!ハグを要求されたらどうしよう!」
「さすがの森ちゃんもそこまではしなさそうだけど……竹ちゃんはしてきたけどねえ。竹ちゃんと森ちゃんが仲良くなればいいのにねえ」
「竹中さんはもうお手つきじゃないですか」
「まあそうだねえ。菅野くんは森ちゃんに何かしてあげないの?クリスマスプレゼントとか」
「なんでですー?杉浦さんは竹中さんとかナカタマさんにそんな親切してあげるんです?」
「しないです」
「でしょ?森さんだけ贔屓しません!でもまあ」
「なあに?」
「機種変更……いや、乗り換えの時期が来るなら考えなくもないです」
「どういう意味だよ」
「杉浦さんが僕を捨てたら森さんにお乗り換えですかねー。年下の男、悪くない。僕より6つ下だったかな?」
「と言う事は、僕と干支が一緒かい?子供じゃないか森ちゃんて」

杉浦は鼻で笑った。

自分が菅野を手離す訳がない。

こんなに楽しい毎日は、菅野がいるからこそ有り得るのだ。

自分はそれを知っている。

今更菅野の存在しない日々など想像出来ない。あってはならない。

小さな声で菅野を見つめて囁いてみた。

「僕は君以外の男は抱かないし、君が僕以外の男に抱かれるなんてのも耐えきれないよ、僕死んじゃうかもよ」

菅野も悪戯な表情を浮かべて、そして。

二人で大きく笑った。

厨房から店主らしき人物が顔を出して目を丸くしていたが、暫くの間自分達のくだらない小芝居に笑いあった。


20121206 完結
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