思惑-Спекуляция-



辺見がめそめそと泣いていた時、竹中はメールに気がついた。

仙台駅構内。
ステンドグラスを見下ろしながら。
行き交う人々は皆忙しそうに早足で。
だがそれは僻地秋田のその中でも「陸の孤島」原田市から来た自分達だからそう感じるのだと、竹中は思っていた。

のんびりとした、山と田畑しかない盆地。
過疎化が進み、高齢化が進み。
そんな土地で自分達は携帯電話を売っている。

馬鹿馬鹿しくなる。

電波もろくに捕まえない携帯電話の何が携帯電話だ。
田舎の高齢者がいつ携帯電話を使うのか都会の人間は知っているのか。
例えばそれは病院の行き帰り。
そして山菜を採りに出かけた山で迷った時。

山で一番最初に圏外と表示されるのは間違いなく、自分が売っているエルデータの携帯電話だ。

馬鹿馬鹿しくなる。
何もかも馬鹿馬鹿しい。

目の前にいる、高校時代の同級生が泣いている姿も最初こそ心配だったが、もうどうでもよくなってきた。

「辺見。辺見辺見。辺見ちゃん。いい加減になさい。アンタ美人だけどもう歳なんだから、泣いても可愛い歳じゃないのよ。秋山ちゃんとかヤマミーならともかくアンタみたいなバツイチ女が泣いてたって誰も心配なんかしないのよ」

竹中が呆れ顔でそう言い放つと、辺見は小さな叫び声を挙げた。

「酷いぃぃ!酷いよぅ竹中くんまでぇ!オカマのクセにぃぃぃぃ!!」
「そこは『オカマのクセに』じゃなくて『同い年のくせに』の方がいいかもね」
「良くないぃぃぃバカぁ竹中くんのハゲぇ」
「辺見ちゃん、アンタそれをカンカンの前で言えば良かったのに」
「言えるわけないぃぃ無理ぃぃでも杉浦さんもハゲぇぇ」
「……そうね……スギサマも天辺ちょっとね……不安になってきたわネ……じゃないわ辺見。自分のバタフライ御覧なさい。ミヤサマ頑張ってくれたみたいよ」
「……え?」

涙と鼻水をピンク色のハンカチで押さえながら、辺見はネックストラップに繋がった自分の業務用端末バタフライを手にした。

メーラーを起動すると、そこにはハラタ店の業務報告。
送信者は宮川。

『本日の成果』
『新規3台内MNP1台(マストから)』
『機変2台』
『ハラタ店(応援)宮川』

嗚咽を押さえ、辺見はディスプレイに向かって目を見張る。

「……嘘……凄い……宮川くん凄い……どうして……」
「どうしてって、機変はうちらの予約分でしょ」
「でも新規こんなに……どうしてぇ。平日だよう。原田の平日に私と竹中くん二人いてもぉ……こんなに出せないぃぃ……」
「そうね。でもブロバンはゼロだったじゃない。ハラタのブロバンは辺見じゃなきゃダメみたいね」
「違うよう!モバイル契約ばっかでPCコーナー回れなかっただけだよきっとぉ……やだぁもう……こんなんじゃいる意味無いぃ」
「それはタケの台詞よ。こんなに売ってくれちゃって。ありがたいけど悔しいわ。あのね、泣きたいのはタケなのよ辺見」

慰めるつもりでそう言った。
そう言えば辺見は落ち着いてくれるだろうと竹中は期待した。

自分はいい。
自分はただのお調子者だ。
そして辺見も底の部分ではきっと同じだ。

こんな仕事はただの腰掛けで、自分には他にやりたい夢がある。
だから、こんな仕事に悩まされても実際は。
実際はなんて事ない筈なのだ。

歳は取ってしまったが、竹中は未だ教員の夢を諦めてはいない。

辺見もまた、結婚をして子供を授かる事が自分の夢であり目的だと公言している。
だから、携帯電話を一日に何台売ったとか。
インターネットの契約を今週末までに何件上げなくてはならないとか。
そんな事は自分達には些細な問題の筈なのだ。

辺見がまためそめそと涙声になる。

「……泣けばいいのにぃ……悔しかったんでしょぅ。なんでぇ」
「アラフォーのオカマが泣いても可愛くないのよ。しかもタケだしねぇ」
「竹中くんなんでいつも杉浦さん杉浦さんって言ってるのに今日はあんなぁ。怖かったぁ。やだもう。菅野さんも杉浦さんも竹中くんも宮川くんも嫌だぁぁ。もう嫌だぁ」
「嫌々ばっかり言ってないで。辺見も更年期障害なのかしらね。ちょっと早いかもしれないけど」
「バカにしてぇ。皆で私をバカにしてぇ」
「辺見ちゃん。いい加減になさい。普通の男だったらそろそろ呆れてぶん投げていくところよ」

自分達の他は、自分達をまるで見ようとはしていない。
目に入らないのだろう。

スーツ姿のアラフォー男女が仙台駅構内で長い時間ずっと口論をしていても。
誰も気にしない。
誰も目をくれない。

誰も、自分達の事など気にしていない。

これが原田の駅なら翌日にはきっと、一周して自分の耳に入ってくるだろう。
呟きサイトよりも本名登録のSNSよりも、田舎で一番怖いのは口コミの目撃談だ。

原田で有名なオカマっているじゃん?
えー?どっちの人ー?
髪短い方の人ー。
あー、あの人ー!知ってる知ってる、マエデンでケータイ売ってる人だよねー細マッチョのー。
それそれー。でもオカマじゃないっぽいー。
なんでー?
女の人泣かせてたってー!
マジかーオカマすげーなー!

そんな会話に尾鰭がついて、翌日には自分に直撃するだろう。

『竹中かヒロトシのどっちかが黒髪の美人泣かせてたって聞いたんだけど、どっち?』

辺見は竹中を見ようともせす、俯いたままで答えた。

「普通の男じゃないもの竹中くんはぁ」
「……そうねぇ。まあその通りだわ。ねえ辺見。お土産どうするの。また笹かま買って帰るの?」
「明日出勤なの竹中くんだから、任せるぅ……」
「じゃあ今回は支倉焼きにするワ。タケが持ってくんだからいいでしょ」
「うん、いい……」
「はい顔上げなさい辺見。せっかくの美人が台無しよ」
「どうせおばちゃんだもんいいもん……」
「どうせとか言わないの。面倒臭い女ねアンタって」
「馬鹿にしてぇー。皆で馬鹿にしてぇー」
「辺見」
「……なぁにぃー……」
「言いたい事あるんじゃないの」
「……無いよぅ」
「アンタ、彼氏と上手く行ってないんでしょ。それでタケやカンカンやスギサマに当たってるだけでしょ」
「……そんなの竹中くんには関係無いぃぃ」
「ええ、関係ないわ。あー。空腹ねえ。何か食べてから帰りましょう。辺見、何食べたいの」
「えっ。……えっ?」
「話なんかしたくないんでしょ。タケも聞きたくないわ、アンタとクソメンのどうでもいい話なんて、スギサマとカンカンの売れ売れ話よりもどーでもいいモノ。それよりタケはビールよ。付き合いなさい。新幹線なんて最終に乗れたらそれでいいのよ」
「えっ、えっ」
「来なさい辺見。お腹になんか入れたら落ち着くモノよ」

竹中は辺見の右手首を取った。
辺見が引っ張られる。

「エスパルは11時までよね。ゆっくり食事して帰るワ!」
「ちょ、ちょっと待ってぇ竹中くん」
「何よ」
「自分で歩けるぅー!離してぇ」
「何よ小娘みたいな事言って」

掴んだ手首を放す。

「……美味しいお魚食べたいぃ」
「いいわネ。折角の太平洋側ですものね。刺身と地酒もいいわ」
「酔っ払い過ぎないでねぇ」
「わかってるわよ。で、辺見ちゃんもお喋りしたくなったら好きにしてもいいわヨ。聞いてないから」
「聞いてくれないの!?」
「どうせ聞いてもつまらないもの。でも勝手にアンタが喋ってる分にはいいんじゃないの?」
「なんなのぉ……もぉ……秋山さんのがまだ良かったあ……まだマシぃ……女子だからぁ……」
「言っとくけど辺見ちゃんはもう女子じゃないのよ?」
「酷い!」
「秋山ちゃんだってアンタのうじうじした話なんか聞いてくれないでしょうし。さあ辺見、どの店に入るの?」

歩いた先は駅ビル地下一階レストラン街。

辺見の涙が乾いているのを確認して、竹中は内心ほっとしていた。


20121205 続く

前へ
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -