僕らが世界を掌握中



黒が流行りだと聞いた。
自分の身近な女性達が必ず言う。

「今年は黒!」

そうか、黒か。
杉浦もそれを気にして黒いチノを履いてみた。
マストやQOQOの量販店スタッフのようだと杉浦は思う。

上はどうしようかと悩む。

全身黒と言うのも良いのかもしれない。
だがそれは余りにも「若作りに必死」だ。

靴や他のアイテムにも気を回さなければならない。

上半身裸のままで、姿見の前に立っている自分を鏡越しに見つめて苦笑する。

中学生か。
独り言ちる。

菅野が出張から秋田に戻ってくるのが昼前。
そのまま菅野は直帰扱いとなる。
自分は公休。

駅まで菅野を迎えに行き、そのまま出掛ける予定だ。

はじめてのデートの準備に必死な中学生か。

新幹線の到着まで、残り30分。もう少し急がなくては。
「若作りに必死」でいいじゃないか。
でなきゃ40歳を越えてこんなアシンメトリーな髪型になんかしない。
照れ臭さを誤魔化す為に自分の中で言い訳をする。

赤いパーカを頭から被り、黒いダウンベストを羽織った。
腕時計を確認。これ以上悩んだところで結果は同じだ。杉浦は家を出る事にする。
飼い猫と飼い犬の餌と水を確認。充分間に合う。
窓の鍵。火の元の始末。ガス。水。OKだ。
財布と煙草とライター、車と家の鍵、それからバタフライを二台。プライベートとビジネス用。持った。OKだ。

玄関でまた迷う。

去年買った履きなれたエンジニアブーツか、それとも先週買ったブラウンのサイドゴアか。

サイドゴアに足を入れた。
先週の土曜だ。菅野と二人、巡店の合間に靴屋で選んだものだ。
今日履かずにいつ履くと言うのか。
これで長時間歩く訳じゃない。どうせすぐ脱ぐんだ。

この服だってどうせすぐに脱ぐ。
時間を掛けてセットし立たせたこの髪も、すぐに濡れて寝てしまう。

そう考えると杉浦の気持ちは少しだけ楽になった。

そうだ、どうせ全部台無しになる。どれだけ格好つけたって。
それに菅野も昨日と同じのスーツにネクタイのままだ。

「行ってくるよ。いい子にしててね」

家の中に声を掛けた。
飼い犬がゲージの中で小さく吠えるのが聞こえた。

「うん、帰ってきたら散歩だね。ルルカさん、シンタロよろしくね」

飼い猫にも声を掛けたが返事は無かった。




東口で車に乗ったまま待機する事7分。

菅野は普段着で現れた。
白基調の大きめなノルディックセーターに黒いクロップドパンツ、黒いレギンス。くるぶしが見えている。素足にベージュのスニーカー。

若作りに必死なのは僕だけじゃない。
また、杉浦は安心した。

菅野の両手は空いていた。
杉浦の車を見つけ、いつも以上の笑顔で菅野が走ってくる。
そのまま助手席のドアを開けて飛び乗ってきた。

「かんちゃんどうしたのそれ。手ぶらなの?」
「手ぶらってこーゆーのですか?」

両手を交差させて自分の胸を隠すような仕草を見せて笑う。

「かんちゃんに隠すような立派な胸筋あるの?」
「ないですね!へへへ、スーツとか私物は自宅に送りつけました。そんで資料は営業所に。僕だけ杉浦さんとこに直送です!たっだいまー!」
「おかえり。お疲れ様でした」
「はい、お疲れなんですよね僕。誰かさんのおかげでマネなのに拠点が仙台じゃないって言うね。もう本当に大変です」
「そうだね、なんでも全部僕のせいだからねえ」
「ふひひ、そう言いながらも杉浦さんは嬉しそうです」
「だって僕のせいだからねえ、菅野くんがここにいるの。だからお疲れ様です。今日は君の言いなりになるよ」
「『今日も』ですよ?」
「うんそうだった。今日も君の言いなりだよ。行き先はどうすればいい?」

指示器を出して車を発進させる。
菅野は少しだけ考えるようなふりをしていた。
もう一度訊ねる。

「どっち方面がいい?」
「そうですねぇ。やっぱ潟上かなー」
「そうだねそうしよう。昼飯は?」
「どーしよっかなー。食ってきます?買っていきます?」
「食べたい物ない?僕そういうの決められないよ」
「知ってます。杉浦さんは優柔不断なふりしてるだけなのに面倒だから意見言わない人」
「うんそうだよ。だから菅野くんが全部決めてくれる」
「わかってます、いつも僕がわがまま言う係です。ふふふ。じゃあ今日はイタリアーン!!パエリアりたい!」
「パエリアはスペイン料理だよ」
「そうでした?どこでもいいですパエリア食べたい!」
「だったら君の得意なピザのオーダーでいいんじゃない?パエリアもあるでしょ」
「おおそれは妙案です。そうなるとパエリアとドリアで悩む羽目になりますが」
「ならないよ、どっちも頼むんでしょ?」
「その通りです」
「どこに入ってんだかねえ」
「ねえ」

車内が笑いに満たされる。
それが引いた時、菅野が、ハンドルを握る杉浦の左手に自分の右手を添えた。

「杉浦さん、今日もかっこいいですね。黒似合います。悪い男って感じだ」
「悪い男ねぇ。それは褒められてるの?」
「褒めてますよ!悪い男大好きです。僕が天使な物ですから、悪魔に惹かれてしまうんですよねぇ」
「君さ、前は自分で『僕って小悪魔カンノなんでー』って言ってたよね?」
「言ってましたねぇ。でも僕なんか杉浦さんの前では小悪魔どころか可愛い小熊ちゃんだっての思い知りましたからね!」
「かんちゃんも今日可愛いね。その、袖からちょっとしか見えない指とか僕それ大好き、可愛い」
「本当ですか?あれ?はじめてじゃないですー?僕、杉浦さんにこんな風に可愛いって言われたのは初めてな気がする!」
「そうかな?いつもそう思ってるけどな」
「思ってるだけじゃ伝わらないですってー!言ってくださいよーもっと言ってくださいちゃんと聞かせてください」
「可愛いよかんちゃん」
「嬉しいです、もう一回!」

赤信号が先に見え、前方の車が数台徐行し停車する。杉浦もその後ろで停まる。助手席の菅野を見つめる。

「今日も可愛いよかんちゃん」

そう言うと菅野は顔をくしゃくしゃにして嬉しそうに肩を竦めた。
杉浦の左手に添えた右手が急に熱くなるのを察知して、杉浦は更にその上に自分の右手を重ねる。
菅野は何も言わず、ただじっと杉浦を嬉しそうに見つめ返した。頬が緩んでいる。口元も緩んでいる。

信号が変わり、車がゆっくりと流れ出す。杉浦はハンドルを握りなおした。
菅野も自分の手を膝の上に移した。

「……杉浦さぁん」
「はーいー。どうしたー」
「さっきさ、今日も僕の言いなりになってくれるって言いましたよねー」
「言ったよ、どうした?何してあげたらいいかな」
「あのねー……」

もじもじと、膝の上で両手を広げたり伸ばしたりしている。

「あのねー杉浦さん僕ねー、今日ねー……笑わないです?」
「うん笑わないです。言ってごらん」
「僕ねー、今日、お姫様扱いされたいで、すー……ダメですー?」
「ダメじゃないけど、お姫様?って?どんな風?」
「えー?んー?んとー、女の子みたいにされたいです」

どんな表情をしているのか確認してみたい欲求に駆られる。
どうやら菅野らしくもなく、照れているようだ。
しかし運転中。

「よくさー、女性がお姫様みたいにして欲しいって言うでしょ、なんかそれってよくわかんなかったんですけどー、なんか今日はわかります!僕今日とってもお姫様になりたい!」
「いつもは王子様なのにね、君」
「腹黒ってつけられてますけどね!」
「なんでお姫様?」
「あ、バカにしてますね?」
「してないよ、どうしてって聞いてるだけ。僕、君の事大切に扱ってるつもりだけど」
「大切にじゃなくてー、お姫様になりたいんですよー」
「だからどんな風にしたらいいの?」
「ええと、だからそのー……杉浦さんはさ、女性に『お姫様扱いして』って言われたらどうしてあげるんです?」
「言われたことないよそんなの。僕は君と違って王子様キャラじゃないからねえ」
「世間の女性は見る目が無い!」
「君はどうしてるの?」
「お姫様みたいにって言われたら?笑って無視して押し倒してセックスですけど」
「酷いね君、本当に酷いよ!」
「気持ちいいことしたらそんなの無かったことになるじゃないですかー。でも今反省してる所です。僕お姫様になりたい!」
「37歳でお姫様……」
「いいじゃないですかオッサンでもお姫様になりたいですよ!だからとりあえずお姫様抱っこ!」
「してあげてるじゃないか」
「ん、そう言えばそうですね。まあとにかく甘やかして欲しいというか可愛がって欲しいというか」
「それもいつもしてるよ、足りないのかな」
「んんー、そう言えばそうですね、してもらってます。足りてるけどもっと欲しい!」
「どうすればいいんだよ」
「お姫様!女の子みたいに!!」
「女の子……君が?」
「そう、僕女の子!」
「子、って歳じゃな……」
「女性ばっかり女子って言ってもいいなんてずるい!男はこの歳なったら男子なんて言わないのに!」
「なんかQOQOのキャンペーン思い出すから言わないでそういうの」
「そーでしたね。んと、もう、伝わらないなぁ」

そう言うと菅野は体を縮めてシートに沈んで行った。
体を横に倒して、運転席の杉浦の膝に頭を乗せようとしている。
何かされるのかと心配になったが、菅野はいたずらをするつもりではなかったようだ。

ただ甘えている。
膝枕。

これではお姫様でも女の子でもなく、ただの可愛い動物だ。
忙しなく動いて喋る可愛い小さな動物。

「杉浦さん、僕ちょっと寝ます」
「寝られんのそんな格好で」
「くっついてると気持ちいいから。運転に支障は?」
「君がいたずらしなければ」
「わかりました、僕はお利口なお姫様なので大丈夫です。おやすみなさい王子様」
「何言ってんだい」
「僕がお姫様なら杉浦さんが王子様でしょ」

数秒で菅野の寝息が聞こえてきた。
疲れていたのだろう。
車内が静かになる。
杉浦は邪魔にならない程度に音楽を掛けた。
宮川が分けてくれた音楽データ。
最初は機械の様な声が耳に慣れなかった。
今では好きになった声。
最近では自分で作った曲に、『彼女』のボーカルを付ける作業をしていると宮川が知ったらどんな顔をするのだろうと思った。
『彼女』の歌が車内に流れる。

潟上までの道中、杉浦はずっとそれをリピートした。
そこに菅野をお姫様扱いするヒントがあるような気がして。


20121107 完結
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