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根源的デジャヴ
曇り空なのは、本州に台風が接近しているからだ。
湿気を孕んだ生暖かい風に色とりどりのコスモスが揺れる。
「とは言っても、こっちはそんなに影響無いんでしょうけどね」
「そうだねぇ。稲も刈り取り終わってる農家の方が多いのかもね」
「スタッドレスは?」
「今年はさ、スタッドレスじゃなくて除雪機ねだられてる」
「おー。豪勢ですねぇ」
「小さいのをね、考えてるけど。三十万くらいだったかな」
「早く買わないと無くなっちゃうんじゃ?」
「そこのホームセンター見ていってもいいかい」
「いいですよー」
競合調査で訪れたハイジマ中央店とマエデン本店をそれぞれ5分もせずに退去し、そのまま何故か車に乗らず、住宅街の中を二人で歩き始めた。
仕事をする気には、まだなれなかった。
今日と明日にはスタッフ達に頑張ってもらうが、自分達は見守るだけ。
先々週の三連休には良い成果を出した。
菅野は東北のマネージャーランキングでいつもの通り二位をキープしているし、杉浦もまたいつもの通りの、高くは無いが低くも無い位置で目立たぬよう気配を消している。
問題は無い。
つつがなく九月が終わろうとしている。
ポルタ販路に異動を命じられ、肩書きはそのままに、秋田へ戻ってきた二人の夏がもうすぐ終わり、秋がはじまろうとしていた。
「ハイジマにタマちゃんいなかったね」
「遅番だったのかもしれませんね。まだ休憩入るような時間でもないし」
「森くんどうしてるかなぁ」
「虫垂炎ねー。森さん便秘だと思い込んでたってのが怖いですよね。僕まだ盲腸ありますよ。杉浦さんは?」
「僕は中学生の時に」
「剃毛プレイ?」
「……そんな言葉、昼日中に外で言わないでよ」
「剃るんでしょ?美人ナースが。んで勃起した、と」
「美人だったかどうかは忘れたけどさ」
「勃ったんですね、さすが中学生!思春期ですね」
「なんか嫌な思い出なんだけど。今は剃らないらしいよね」
「それは残念だなぁ。あ、竹中さんから連絡来ませんね」
「契約中かな?終わったら来るんじゃない」
「嬉しそうでしたよね、売り場出られる!って。マリンポロ持って行きましたもんね」
「SVがマリンポロ着たがるなんてかんちゃん以来じゃない?」
杉浦がそう言うと、菅野ははにかむように笑った。
菅野にしては珍しい種類の笑顔。
それを見つめて、杉浦の頬も緩む。
草生津川を左手に臨みながら、コスモスの道を歩く。
「この川はいつまでたっても綺麗になりませんね」
「でももう生活排水は流してないんだよね」
「油田のアレなのかなぁ」
「それでもほら、かんちゃん」
「ああ、鴨ですね。泳いでるなぁ。平気なのかな」
「鳥の考えてることはわかんないね」
「ね」
取りとめのない会話。
揺れるコスモス。
秋の花。
面影橋の袂。
「罪人が最後に見つめる自分の姿」
「なぁに?」
「面影橋って、そう言う意味でしょ。近くに処刑場があったって」
「そうなの?」
「そう聞きました。処刑される直前、最後にこの橋から水面に映る自分の姿を見る……罪人に相応しい水質って事なんですかね。それにしてもあんまりだと思いました」
杉浦は返答しかねた。
罪。
きっと自分も罪びとで、それなら菅野も同じだからだ。
空の色と同じように翳りを見せた杉浦に菅野が気付く。
「ご存知ですー?姦通罪って、勿論現代の日本には存在しませんし、あれは夫が妻を訴える奴です。妻は夫をどうこう言えない。まして、ね」
僕たち男同士ですしね?
そんな風に、菅野は意図的な笑顔を作ってみせた。
時折だが、波のようにそれが頭を過ぎる。
これまでも何度も考える事があったが、その度に解決しようとはせずに素通りしてきた。
それでいい。
それでいい筈だ。
見つからなければ、罪ではないと、思い込んで。
この先もずっと、ずっとそうして行くんだろう。
自分達は。
揺れるコスモス。
頭上をアキアカネが飛んでいく。
雲の合間に少しだけ太陽の光。
一瞬だけ明るい日差し。
「このまま晴れるといいですね」
「台風が逸れてくれるのを願うだけだね」
「でも曇りだと散歩に最適です!」
「でも僕ちょっとしんどいかな」
「体力無いなぁ杉浦さんは」
「幾つになったと思ってんの。僕もう42……あれ?43だったかな?」
「大丈夫ですー?んとね、僕より6つ上でしたっけ。僕が37になったからー」
「かんちゃんもうそんなになったの!?」
「なりましたよ、そりゃなりますよ。ん?あれ?もしかして、僕が初めて杉浦さんに会った時の、杉浦さんと同じ歳になったのかな。へー。あの時は杉浦さん、落ち着いたかっこいいお兄さんって感じでしたけど、いざ自分がその歳になってみるとあれですね、正直十年前の自分と全然変わらないかなあ頭の中は。それこそ体力落ちてるくらいで」
「かんちゃんも体力落ちてるって感じたりするんだね」
「しますよ、そりゃします。27歳の僕と今の僕なら違いますよ。でもさ、それは年とったからって何も出来ないしたくないの理由にしたくないんですよね。だってきっと、今泣きごと言ったらさ、十年後の僕が怒ります」
「十年後の菅野くんかぁ」
「十年後の杉浦さんかー」
なんとなく気恥ずかしくなって、顔を合わせられない。
そんな先まで、一緒に、こんなに近くにいられるのだろうか。
そんな先まで、今と同じように、こんなに好きでいられるのだろうか。
いられる。
根拠もなくそう思えた。
だから気恥ずかしくて、菅野の顔を見られない。
視線を菅野のいる反対側に向けた。地域型のショッピングセンターが見えてきた。
「いいウォーキングになりましたね。ついでに昼飯もそこで食ってきます?」
「そうしようか」
「先に食っちゃいます?除雪機見るのが先?」
「食べてからホムセン行こうか。腹ごなし」
「了解です!あ、信号変わりそうだ、走りますよ!」
駆けていく菅野を早足で追う。
こうやって、きっとずっと、菅野を追いかけて、掴まえて。
この先も繰り返すであろう、未来への既視感。
20120930 完結
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