灼熱ホワイトアウト


バタフライが日本で発売されたその前後から「スマートフォン」が台頭し、今後早い段階でスマートフォンは世界を席捲するのであろう、誰もがそう考え始めていた、2010年初頭。

「だからって、『スマホ』はどうなんですかね。略しても伝わればOKって事ですかね。略すなら正しくは『スマフォ』じゃないのかな」
「うーん」

どうでもいいけど。
杉浦は後半のその言葉は音にはしなかった。
菅野が畳み掛けてきた所為でもある。

「スマホスマホスマホ!ゲシュタルト崩壊してます僕!今やスマホの字がオナホにしか見えません!」

どうでもいいなぁ。

杉浦は社用車のハンドルを握りながら、ああだのうんだの簡単な相槌を打つだけだ。
菅野のお喋りはまだ続く。

「まあでも日本人の変態科学技術ってバカに出来ないですからねぇ。エロは進化を促しますね。その内USBで繋いでうんたらかんたらなオナホも出てきそうだし。そんなの出たら絶対僕買っちゃいます。んで杉浦さんに装着する」
「なんで僕!?」

いきなり振られてさすがに驚く。
菅野は続けて妙な歌を口ずさみはじめた。

「てんがてんがてんがー。買おうかな」
「なにそれ」
「使ったことないです?」
「え?そういうの?ないよ。菅野マネはあるんですか」
「僕の話は置いといてー。じゃあ今度プレゼントしますね!TENGA!」
「だからなにそれ、なんなの怖いよ」
「webで検索してください」
「履歴が」
「消しゃいいです。バタフライで探すんでしょ?シュっと一発デリートです!あのね、こうね、きゅっとこう……苦しい感じの……アレが嫌だってひともいるらしいですが」
「詳細いらないよ!検索するよ!」
「するんですね杉浦さん!」
「しろって言ったじゃないか君……何の話だったっけ」
「『スマホ』って略し方が気に入らないって話です」

横道に逸れすぎだよかんちゃん。

菅野がまだ助手席側でぶつぶつと呟き続けている。

「うー。バタフライ……白っていつ入荷すんですかね、皆ショップに流れちゃうよ」
「そこら辺はアオイさんがなんとかして」
「くれんのかなー。アオイさんガラケの在庫で頭一杯なんじゃないですかね」
「かんちゃん君今『ガラケ』って言ったね」
「言いましたよ」
「『スマホ』がダメなら『ガラケ』はもっと良くないんじゃないかな」
「はい、改めます。一般端末。くそー、一般端末も売らなきゃなのにバタフライしか出ないとか……くそー」
「僕らがバタフライ売れって言ってるんだからそれは仕方ないよね」
「甘いね杉浦さん。バタフライと一般端末同時に二台買って貰えばいいだけなんですけどね。一気に新規二台だよ?」
「差し替え出来ないのがねぇ」
「『ご家族用にもう一台』の一言が言えないならスタッフ辞めちまえ!!」
「皆が皆、かんちゃんみたいにスラスラ言葉が出てくる訳じゃないんだよ。っていうか今日のかんちゃん言うことキツいね」
「そうです?僕いつもこんなんでしょ?」

そうかなぁ。
まぁ確かに。

菅野の表情はいつもと同じだ。
表情筋が発達した笑顔。
そこだけ真夏の眩しさ。
車外は真っ白な雪景色だと言うのに。

「あ」

杉浦は突然思い出す。

「どうしました?」
「あ、かんちゃん、ここらへんってドラッグストアとか……道なりに走ってたらあるかな」
「はい、あります。どうしました?」
「在庫切れだった」
「なんの?」

なんの、って。
こんな真昼間から口に出したくない物。
言い淀んでいると、菅野が気付いてくれた。

「あー。ゴム。無いんですね。了解了解。セーフティセックス!」
「うん、使い切ったよねこの前」
「ふっふっふー。僕が買ってきて差し上げます。マネージャー自らお買い上げ!」
「買ってきてくれんの」
「いいですよー!てか前のそれも僕が買ってきたんですよね。杉浦さん恥ずかしいとか言ってさ。手ぶらで車に戻ってくるんだもんな」
「恥ずかしくはないけど」
「照れながら店出てきたじゃないですか。女性がレジしてるって」
「そうだったかなぁ」
「そうですよ。黒い馬の顔がバーンって出てるパッケージの」

サイズの問題だ。
一般的なサイズよりも大きくなるから、備え付けてあるゴムでは苦しくなる。
よって自力で購入するより他はない。
ネットで購入してもいいが、それをどこで受け取るかを考えたら面倒になった。

その場であれこれ悩むのも誰かに見られると困るから、真っ直ぐ目当ての売り場へ向かい、『黒い馬の顔がバーンって出てるパッケージの』商品を手に取り、レジへ走る。
それが今まで使ってきた中で一番しっくりきていた。
他にも自分のサイズの物はあるのだろう。もっと気に入る物もあるのだろう。
だが、探すのは面倒だ。

「前回僕はそれを買う時に楽しかったです」
「楽しかったの?」
「レジの女性が僕と商品を二往復くらい見比べました。僕なんだかちょっと気分良かったんですよねー。そうだ、あの時僕ね、ローションも買って……あのローションどうしましたっけ?あれも在庫切れになったんでしたっけ?ヌルヌル楽しいですよねー。バタフライもサクサクじゃなくてヌルヌルですしー、やっぱりヌルヌルいいですよねー」
「かんちゃんの変態……」
「いやー、杉浦さんにはかないませんよね」
「僕は普通だよ」
「自分の事って自分ではよくわからないモノですよねー。あっ、あったありました。左手です」

降雪の奥に薄っすらと見慣れたドラッグストアの看板が現れた。

指示器を出し、注意深く左折させる。

郊外店特有の広い駐車場。
だが店舗前はがら空きで、入口から一番近いスペースに停める事が出来た。
エンジンは切らずに。

財布を探そうとシートベルトを外すと、菅野に止められた。

「僕の奢りです。ローションのオマケ付き」
「……ありがと」
「久しぶりですよねー。一ヶ月ぶりかな。たくさん使いましょーねー!」

ニヤニヤと笑いながら、コートも着ずに車から降りて行った。
その背中を見つめる。
走って行く菅野。

暖かい車内。
ダッシュボードを開ける。
煙草とライターを取り出す。

吸い終わる頃に菅野が頭や肩を雪だらけにして走って戻って来るだろう。

その冷たい手足をゆっくりと暖め直す場所に移動するまで、予想ではあと30分弱。

凍結する路面が憎らしくなる。


20120904  完結

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