虚飾-Тщеславие-


「月に二回も仙台来るのなんてタケは初めてよ?こんなの前からあるの?」

竹中の問いに秋山が答える。
「なかったでーす。はじめてかもー」

続いて辺見が笑顔のままでため息を吐く。
「……店舗丸投げにしてくるのも初めてぇ……」

岡部がそれに答える。
「原田は宮川くんが行ってくれてるじゃないですか。社員回してくれてラッキーですよ」

それには竹中が答える。
「うちと本店以外は学生ヘルパーぶっこんで来たものねぇ。どっちの思惑か知らないですケド」

『どっちの』。

集められた秋田エリア販売スタッフ達の脳内には同じ映像が閃く。

片方は小さな体に満面の笑みを浮かべた男。
もう片方は無表情な背の高い男。

8月、盆シーズン前から今日に至るまで、背の高い男の機嫌は良いとは言えなかった。

また、辺見が笑顔のままで二度目のため息を吐く。
「売れないから叱られるぅ……」

隣に座る竹中が辺見の手の甲を捻る。
「いたぁい、何するのぅ竹中くん」
「そうよっ、売れないから叱られに来たの!売れないからってなんなのヨ、売ってる時もあるわよ!じゃあ売れない時にどーすんのってありがたいお話を拝聴しにきたのヨ!堂々としてなさいっ」
「でもぅ……杉浦さん最近キツイぃ……怖いぃ」
「ええそうね、スギサマはピリピリしすぎね。男の更年期障害よあんなの!一発抜けばスッキリするわよ辺見ちょっと咥えてらっしゃい!パクっと!」
「いやぁぁぁぁ!やだぁぁぁぁ無理ぃぃぃぃ」

向かい側に座っている岡部が苦笑する。
「ホントね。杉浦さんマジピリピリしてるよね。でもまぁ今日は特にさ、仕方ないかも」
その隣に座った秋山も唇を歪めながら発言する。
「ねー。菅野マネに呼び出されたんだもんねー。ピリピリぴりぴりー。ヘタレカイワレー」
「秋山ちゃんてスギサマの事好きなんだか嫌いなんだか」
「好きでーす。好きだけどー、情けなーいあの人見てるとドス黒くなるーミナコのハートー。竹中さんだって同じでしょー」
「同じじゃないわよ一緒にしないで頂戴。ただあの澄ましたツラにぶっかけたいだけヨ」
「いやぁぁぁぁ!やだぁぁぁぁやめてぇぇぇそんな話ぃぃぃぃぃ」

それらの会話の最後に、岡部が乾いた笑い声を小さく発した。
「……ははは……でもさ、ほら、今日はさ、俺ら叱るの菅野マネだからさ……正直まだマシだよね……杉浦さんに比べたら」
「……まぁそうね。カンカンはね。わかってくれてるものね」
「菅野さんは現場いた人だしぃ……派遣だったしぃ……」
「なんせ叱るの上手なんだもーん菅野マネー。あの人の叱り方ってー、嫌味だけど一瞬腹立つだけですごーく当たり前の事言ってるからー」
「ね。だよね。……杉浦さんの怒り方と違うもんね、ちゃんと方向決めてくれるしさ」
「カンカンについてけば問題無いワって思わせてくれるものね」

三度目のため息を吐いて辺見が天井を見上げる。
「……宮川くん、何台売ってるかなー……」


仙台ビル内、喫煙所。
販路別に時間をずらして休憩を入れられている。
他販路は参加できるスタッフ全員に対し、マエデン販路はどの県も「売れないスタッフ」だけが菅野によって直々に選出され呼び出された。

「ミナコちょっと悔しい。宮川くんよりヤマミーより売れてないとは思ってなかったーしてやられたー」
「山内さんは毎月同じくらい売りますからね、淡々と。山も谷もないって感じで」
「ヤマミー地味だけどやることやってんのよね」
「宮川さんそんなに売ってたんだーって思ったぁ」
「またさり気に失礼発言してるわね辺見ちゃん」
「宮川くんはモバイルセットで後半伸ばしたからって話です」

通夜のような沈黙が一瞬訪れて、それからエレベータの開く音が聞こえた。
喫煙所にたむろする4人の間に緊張が走る。

数人の男たちの談笑しながらこちらへ向かってくる声。

「……でー、ネットでしか買わないですよね最近はー。あー、でもこっち来てからは海もいいのかなって……」
菅野の声が含まれている事に気がつく。
逃げ出す訳にも行かない。
4人は固唾を呑んで男たちの登場を待つ。

「お!お疲れ様です!」
秋山、岡部、辺見、竹中の顔を見回して、あの鍛えられた笑顔を振りまく菅野の登場。
全員起立する。
「お疲れ様です」
「座って座ってー、まだ休憩時間なんですからね!しっかり休んでしっかり働く!あ、えとねー、川島さんとカネヤン、金谷さん!ポルタとハイジマの人でーす!川島さん金谷さん、僕んとこの大事なスタッフ!
秋山さん、美人でしょ!美人だから売ってるんです。その上頭もいい!
岡部くん。うちのぶっちぎりのエースです!売るって気持ちが強いんです。
辺見さん、今はブロバンなんですが、元はモバイルなんでどっちも売れる人です。派遣スタッフのままなのが勿体無い人。
竹中さん、有名ですよね!目立ちますからね!このキャラでバンバン売ってくれてます」

詳細な紹介をされ、4人は恐縮する。

そんなに売れてるなら、今日この日、呼び出されてなんかいない。

菅野の嫌味だ。いつもの。
だが、菅野の言うことも事実の内の一つの側面だ。
自分達は今までそうやって売ってきた。自負もある。
だが。

今月はまったく。
どうしようもない。
頭を下げるしかない。

菅野たちが4人から少し離れた場所で、起立したまま灰皿を囲む。
談笑。
どうやら菅野の趣味についての話をしているようだ。

そこに、秋山のバタフライが着信を受けた。
軽やかな音。
反射で出てしまう。

「お疲れ様でーす秋山で……あ、はい、はい……そうでーす上の喫煙所で……あっ、う、はい、わかりましたー」

通話終了。

竹中が半笑いになる。
岡部が小声で秋山に問いかける。

「……杉浦さん?」
「そー。今からここに来るんだってー。午後の打ち合わせしよーだってー」
「ええええええでもぉぉぉぉ」

4人は菅野たちを横目で見やった。



20120820  続く
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