苦悩-Бедствие-


同日夜。
秋田県滝口市内チェーン店の居酒屋。
平日の為か、さほど混んでいる訳でもない。
有線の音楽も歌詞が聴き取れるくらいの。
そんな中の、個室。

「またカシオレでいいの?」
岡部の問いにコクコクと宮川がうなずく。
「何杯目だよこれ。なんでいっつもカシオレしか飲まないんだよ、なんのこだわり?つか宮川くん今日飲み過ぎじゃない?」
言いつつ、廊下側を歩いていた従業員に声を掛け、岡部は宮川の分のカシスオレンジを注文した。

きびきびした岡部の一連の動きを眺めつつ、宮川は溜息混じりで答える。
「……明日休みだからいーんだ」
岡部も呆れ顔で返事する。
「それにしても飲み過ぎだよ。クリアしたいゲームあるって言ってたじゃないか。そんなんじゃ二日酔いで潰れちゃうよ、折角の公休」
「……もういい……もう全てがどうでもいい……PCセットもモバイルセットもWi-Fiセットもバタフライセットも全滅した……つか俺が死んだ……」
「やさぐれないで、ね、宮川くん。モバイルセットとバタフライセットは俺も頑張るからさ。あっ、ほらほらカワエビの唐揚げあるんだって、頼もうか!」

壁に「本日限り!カワエビのから揚げ!」と手書きPOPが貼られていたのを岡部が指し示すが、宮川は首を横に振る。

「……俺、エビカニダメ……舌がピリピリする……」
「それもアレルギーなのかよ、何なら食べられるんだっけ」
「草……」
「野菜の事?草食にも程があるよ」
「あと脂身少ない肉……ヒレ……」
「あーもう、めんどくさいなあ。ヒレカツだね、ヒレカツ好きだよなあ宮川くん。食べよう、頼もう、なんか胃に入れないとさ」
「……べっちに任せる」
「うん任せとけ!」
岡部の黒縁眼鏡がキラリと反射した。

カシスオレンジが届けられ、受け取ったそのままでグラスに口をつけ、半分程を一気に呷る。
同時に岡部はすかさず串カツ盛りを頼む。確認してはいないが、ヒレも含まれているだろうと言う算段。

一息ついて、宮川が続けた。
「……ブロバンも頼んだから、べっち……俺死ぬ。死んで二次元に旅立つ。ばいびすべっち」
「馬鹿言うなよ。ばいびすって何?どこで流行ってんのそれ。それに二次元行くとかそんな技術まだ登場してねーから」
「俺が開発する……エルデ辞めてどっかのメーカーの開発に入れてもらう……」
「はいはい、完成したら僕も連れてってね二次元。文系丸出しの癖して何言ってんだ」
「……誰に会いてーの」
「別に二次元興味無いからなー俺。宮川くんに付き合うだけ」
「梓は俺の」
「はいはいあずにゃんは宮川くんの嫁ね、はいはい知ってるから」
「知らない癖にあずにゃんなんて呼ぶな」
「だって知らねーもんなー俺。第一宮川くんは離婚しすぎ再婚しすぎだよ、何人お嫁さんいるの」
「……一夫多妻」
「季節毎に第一夫人が変わってるじゃないか」
そう言いながら岡部は自分のシークァーサーサワーを啜った。

「二次元に逃げるなとは言わないけどね。気持ちはわかってるつもりだからさ」
黒縁眼鏡の向こう側、岡部の憐れみの眼差し。

宮川は思い返す。
日中、秋田エリア全スタッフの業務用端末及び個人使用のケータイに一斉送信されたメールの内容を。


「秋田の不振は東北の不振!エルデータ全部の端末を売れとお願いしている訳ではアリマセン!!僕らが売るのはマエデン在庫のみです!!

ご存知の通り他キャリアと違いエルデータ在庫はマエデンでは買い取りしてません!
その分マエデンは他キャリア以上にエルデータ端末に注力し、マエデンだけの施策も入れて下さってます!

これでマストやQOQO及びハイジマやポルタと言った競合或いはエルデータショップに負けているのは不思議としか言いようがアリマセン!!!!

当然端末をただ販売するだけではありませんよ!フルオプションは必ずです!対応機はコンボ必須!
出来ない事では無いはずです!他エリアでは当たり前の事です!!他で出来て秋田でやれない訳がない!

何度も配信しますが、平塚課長のお言葉『出来る出来ないじゃねえ、やるんだよ』を各自再確認して下さい。

ブロバンも同じです!やるんです、やって下さい!セット販売必須!!
データ端末はモバイルもブロバンも特に注力の事!PCセットとバタフライセットで!デー端の残った在庫は全て滝口店ブロバンの宮川くんがお買い上げです!!全スタッフ、宮川くんの為にも頑張りましょう!宮川くんも自分の為に頑張るんだ!!

各店舗に追加施策についてのメールを送信しています。POPは杉浦さんが作って下さいました!杉浦さんありがとうございます!!

皆さんの17時報告、心から楽しみにしてますよ!

かんの」


何度も読み返したから内容も独得のノリも一字一句間違いなく思い出してしまう。

前半はともかく、後半が気に入らない。
何かと言えば自分を引き合いに出す上司にうんざりだ。
宮川は目を見開き無言で長い襟足を掻き毟る。

「宮川くん落ち着いて!あずにゃんの事考えて!」
「にゃん言うな……」
「梓って言っても怒る癖に」
「中野さんて呼べ……」
「かえって親しげでヤだよ!」

岡部が本気で嫌そうな表情になる。

メールの後半と言えば、またいつものバカップルメールだった。
マエデン販路のスタッフに腐女子がいたなら興奮せずにはいられない所だろう。
残念ながらその存在は未確認。奴らは擬態し本性を隠していると聞くし。

「明日きちんと体休めてさ、ね。一日くらいは仕事の事なんか忘れてさ。俺頑張るからさ明日」
岡部の言葉に宮川はうっかり泣きそうになる。

「ほら、平塚課長からお誘い来てないの?一緒に狩りに行ってきなよ」

閣下?

「……そーいや……最近閣下からメール来ないな……」
「へえ、そうなんだ。忙しいのかな課長」

忙しい。
ゲームする暇も無い程平塚課長は忙しい。

「……お、俺だって、三次の彼女欲しいよ!でも忙しんだよ!?暇が無いんだよ!?どーやって出会うの?いつ会うの?どんな話ししてどんなデートしろっての!?俺今仕事の話しか出来ねーよ!?ただでさえそんな舌まわんねーのに!?」
「ちょちょちょ宮川くんいきなりスイッチ入れるのやめて、落ち着いて、舌回しすぎてるよ」
「……杉浦も菅野も自分達は家庭築いて幸せそーに……ホモの癖に、デキてる癖に……」
「またはじまった。それ絶対嘘だよ、見間違いだよ宮川くんの勘違いだよ」
「……いーや本当だ。尻尾掴んでやる、いつか本性掴んでやる……」
「やっぱ宮川くんも、支えてくれる三次元の立体な彼女必要だね本当に」

岡部が微笑みつつ、両手で頬杖をついて宮川をじっと見つめる。

「俺が女だったら頑張る宮川くんをめっちゃ応援すんだけどなあ。頭撫でたりしてね。弁当も毎日作るしね」


宮川は、たまに、本当にたまにだが、ホモバカップル上司の気持ちが理解出来る時がある。


20120814 続く
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