開店-Открытие-
同日秋田県原田市、マエデンハラタ店モバイルコーナー前。
開店は20分後。
店内は水族館の静けさ。
マスト勤務のヘルパー武藤モコは、前方にマリンポロを発見した。
追いかけ、背中に声を掛ける。
「おはよーっす。あれ?竹中さん今日出番だっけ?辺見さんじゃなかったかい?」
エルデータスタッフ・竹中トモロウの細身ながら逞しい広背筋を軽く二度叩いて挨拶。
振り返った竹中は疲れた顔をモコに見せた。
「ああモコさん、おはよーちゃん。そーなのよね……そーなのよモコさん聞いて頂戴。今朝突然辺見からメール来てね。代わりに出て、って」
モコは赤いフレームの眼鏡を反射させ、興味深げに続きを促す。
「なんだいなんだい、なんかトラブってんだ辺見さん」
「男よ男!いつもの事よ!」
「あー、中距離恋愛の」
「そう、年下のクソガキよ」
「まーだ付き合ってんだ。なんで別れないかね辺見さんも」
「300万返して貰うまで耐えるんじゃないのかしらあの子ったら!」
「返してもらえんのかね。どう贔屓目に聞いてもどの角度から考えてもクソメンなのになその男。わかんないもんなんだろなー惚れてっと」
二人でモバイルカウンター内に入る。
お互いの定位置に保管してある業務用端末を手に取る。
モコはボルドーの薄型携帯電話で派遣会社に入電する。
「あ、ハラタ店武藤です、入店しましたー」
一方の竹中もピンク色のサイクロイドタイプ携帯電話を使い、派遣会社にメールを入れる。
連絡が終わり、モコが私服のパーカーを脱ぐ。中に着ているのは当然、深緑色のマストカラーなヘルパーポロシャツ。
苦笑いで竹中に声を掛ける。
「竹中さんも大変だね」
「別に、タケはヒマだもの。スギサマとお話出来る機会が増えるなら願ったりヨ」
「働き者だよね竹中さん。動機が不純だけどな!」
「あらモコさんだって充分不純じゃないの。テルカさんの為ですもの」
「まあなー。私テルカさん大好きだもんなー」
「テルカさんもモコさん大好きだしねぇ」
「ラブラブなんすわウチ」
嬉しそうにヒヒヒと笑うモコを竹中は心の底から羨ましげに眺める。
マストのヘルパー、伊東テルカと武藤モコはレズビアンのカップルだった。
「見せつけられてたまんないわよ。佐上夫妻んトコもだけど。エルデはタケナカも辺見ちゃんも独り身でさびしいわ」
QOQOスタッフの佐上ヒメ、その夫はマエデンハラタ店のフロアマネージャーだった。
去年四月に籍を入れたばかり。
まだ新婚気分の若夫婦。
半分は慰めるように、もう半分は小馬鹿にするかのようにモコはまた、竹中の立派過ぎる広背筋を撫でる。
「辺見さんは一応彼氏いるじゃんクソメンだけど。てか竹中さん、女でもいいなら辺見さんと付き合えばいいのによ。お似合いじゃん?」
「嫌よあんな女オンナした女。甘ったるくて。まだテルモコの方がいいわ」
「ははは、ウチら?ウチらもフェムフェムだけどなあ」
「タケ、別に男みたいな気持ち悪い女も好きじゃないもの。男は男らしく、女は女らしい方が良いでしょ?
でもまあ辺見は無いわ甘ったるくて。
それに辺見だってタケなんてお断りよ?あの子高校ではじめて会った時になんて言ったと思う?はじめてよ?はじめてなのに『わー、気持ち悪ぅーい』よ?失礼なのよあの子!」
「思い出し立腹やめなよ。シフト変更の連絡すんじゃないの杉浦さんにも」
「あっ、そうね!そーだわ、シフト変更しましたーってネ!スギサマスギサマっと」
業務用端末を開き、アドレス帳から杉浦の名を探し発信する。
3コールで、出た。
『あい菅野で……あ、違ったこれ杉浦さんの……ヤバい間違えた』
切られる。
思わず業端を見つめる。
「カンカンよね今の」
即リダイヤル。
今度はコール無しで杉浦が出た。
『おはよー!どーしたタケちゃん。早いなー』
「おはようございますスギサマ。ねえさっきのカンカン?」
『ん、うん、うんうんそう菅野マネね、昨日仙台からいらしててね、泊まりだったんだけど、帰る前に今朝営業所寄ってくれてさ、ほら、僕らの業端色違いの同機種だからさ、間違えちゃったんだよねハハハハハハ菅野マネも意外とおっちょこちょいで』
「必死の言い訳見苦しいわスギサマ」
『な、何が?何の話だい?それよりタケちゃんどーしたの?』
「今日ね、急遽辺見お休み。で、タケが代わりに入店してます。それだけよ。辺見からは後でメール行くと思いますケド」
『ああそう、わかった。頑張ってね!本店新規出てないからさ。タケちゃん頼りにしてるよ。菅野マネも期待してるからね!でもちゃんと後で辺見ちゃんと相談して、公休取り替えっこするんだよ?休みは休みだからね、派遣会社に怒られるの嫌だからさ僕』
「ハーイ。ではー。カンカンによろしくー。今度は原田も回ってって伝えておいてヨね」
『了解、じゃ』
一方的に通話を終了される。
竹中は口を突き出して顔中を不満だらけにした。
その表情にモコが気付く。
「どしたの竹中さん。杉浦さんとお喋りできたんしょ?憂鬱そーな顔して」
「……そうね、色々と憂鬱だわタケ。考える事が多すぎなのよね……でもとりあえず、今日は新規出したいわ」
情けない我がカイワレ上司、杉浦の為にも。
その時、水族館の暗さだった店内に明かりが灯った。
QOQOスタッフのヒメがプードルのフワフワ髪を翻し走って来るのが遠くに見えた。
苦笑混じりにモコが言う。
「今日もいつもの長い一日がはじまりますなー竹中氏」
「そぉねぇ。はーいヒメさん急いでー!今日もギリギリですケドぉー?」
「やーんやーん!FAX流さなきゃだー!もー化粧もしてないしー!」
「してなくても可愛くてよ夫人」
「わかってるー!」
僻地秋田の中でも「陸の孤島」と呼ばれるハラタ店の一日が始まる。
20120813 続く
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