手紙-Письмо-



バタフライを購入して二週間経った。

やる事もやりたい事も無いから、起きてる時はずっとバタフライに触れてた。

あのヒロキお兄さんが言った通り、バタフライの箱の中には使い方の説明書は無かった。
検索の仕方がよくわからないと伝えたら、ヒロキお兄さんは困った顔をして、マエデンから帰る途中本屋に寄るよう教えてくれた。

そこで二冊、バタフライの本を買った。

一冊は「バタフライビギナー!」と言うタイトル。説明書っぽい感じの。
もう一冊は、ヒロキお兄さんが「きっとそっちの方が面白いです」って言ってた、バタフライアプリを紹介する本。

それを寝そべって読みながら、バタフライを触り、また読み返して、触れて。

ヒロキお兄さんは、バタフライのデータを管理する為のノートパソコンを選んでくれた。

それからインターネットも。
こっちは少しだけ手間取った。
おばあちゃんちに工事が入ったりするのかなって心配になった。
大袈裟にはしたくなかった。

そう伝えたら、ヒロキお兄さんはデータ端末と言うのを教えてくれた。

USBメモリ(これはさすがに知ってる。昔エルデータで使った事がある)タイプのスティックでインターネット出来るって。

「速度に不満出てきたら、お家に回線引けばいいですよ。それにこれあれば外出先でも自由にネット楽しめます」

言ってる事の半分もわからなかったけど、ヒロキお兄さんが親切そうだったから、信用して契約した。

バタフライもデータ端末も、二年契約だから忘れないでねって言われた。

二年契約なのも俺は覚えてた。
俺が少しだけ売ったエルデータの端末も、二年契約が殆どだったから。

本当にずっと触っていた。
バタフライのニューモデル。最新の。6月に出たばかりの。
着信の予定は無い。
メールも。

連絡先には一件も入ってない。
これから増えるんだろうか。
増やすことが出来るんだろうか。

ヒロキお兄さん、親切そうだったから、アドレスくらい教えてくれたかも。

今になってそう思った。
懐かしい秋田訛り。もっと聞きたかった。優しそうな背の高い男。よく響く柔らかい声。
苦笑したくて、唇を歪ませようとしたけど、上手く出来なかった。

ノンケだろうしなぁ。
優しそうだけど、普通の人だった。
物静かだけどほんわり明るくて、ああいう、普通の人みたいに、なりたいな。

一瞬だけ、前の携帯電話を手に取ろうとして、結局そんな甘い考えは頭の隅に追いやった。

ヒデキの番号とアドレスだけでも、入れておこうかと思った。
俺からヒデキと連絡取れないようにしておいて。
そんなのは良くない。
甘い。
勝手すぎる。

第一ヒデキだって、番号を変えてるかもしれない。
俺と付き合いがあった頃も平気で番号変えてた。
端末だけが欲しいからって、新規で契約した方が安いからって。

そうしてずっとずっと頭の奥の隅っこに、前の携帯電話の事は追いやった。


変わりに俺は、SNSって言うのを覚えた。
アプリ紹介の本に載ってた、「交流ツール」みたいなのは殆ど入れてみた。
そこから急激に、バタフライの使い方にも慣れてきた。
フリック入力も、すぐに覚えた。

恋人が欲しくなった訳ではないけど、いくつかのゲイコミュニティは覗いてみた。
雰囲気が良かったら、参加もしてみた。
近くでオフ会って言うのもあるらしい。
出かける気はなかったけど、いるにはいるんだと思えたら、安心出来た。

親切な人はいっぱいいた。
思っていたより意地悪な人は少なかった。
たまたまなのかもしれない。
ネットの世界はもっと危険なものだと思っていたから。

そうヒデキが言っていたから。

「親切な人」の中の一人が教えてくれたサイトで、俺は「マサトシのおっちゃん」と知り合った。

無料で通話が出来るアプリを入れてみたけどその相手がなかなか見つからない、と言う話をしたら、その「親切な人」がある掲示板サイトを教えてくれた。

そのアプリで同性の恋人を探す人たちが利用する専用の掲示板だと言う。

前の書き込みを参考にして、俺もメッセージを入れた。


「徳島住み。20代。178cm痩せ型。髪短め。すぐハッテンする気は無いから会うのは難しいけどチャットが楽しかったら考えたいです。どっちかっていうとネコ寄りだけどどっちも経験有。最近バタフライ買ったばかりで使いかたわからないから詳しい人教えて欲しい。遠くの人でもいいよ。東北の人と話したい」

そんなことを書いてみた。

一番最初に返信来たのがマサトシのおっちゃんだった。
入れてたアドレスにメールが来て、件名は「おっちゃんだけど」だった。




仙台住み40代のおっちゃんだけど、バタフライの使い方詳しいよ。
最初のバタフライから使ってるから。
音声でもいいけど忙しい時の方が多いから、時間ある時に文字チャしてくれたらいいなと思ってます。
ミナトくんの事もう少し教えて。
おっちゃんでも良かったらメールしてな。

マサトシのおっちゃんより



「マサトシ」と言う名前のおじさんなんだろうか。
「マサトシ」と言う子と関係するおじさんなんだろうか。

それが気になって、すぐに返信した。
その返信もすぐに返ってきた。



返事早いな。嬉しい。
ぼくの名前がマサトシです。
ミナトくんていい名前やね。
HNかな?
彼氏おらんの



不思議な返信だったからまたすぐに返した。
仙台に住んでるのに、なんで関西弁なの?と。
ミナトは苗字で、下の名前はもう少し親しくなったら教える、と。
彼氏は随分長いこといない事も。

これへの返信もすぐに来た。



ぼくホンマは兵庫出身やねん。
徳島も何度も行った事あるよ。
仙台は仕事でしばらく住んでるの。
彼氏欲しないん。
ぼく欲しいわ。ぼくも長いことおらへんけど、そろそろ寂しなってきた。
ミナトくんはどうして東北の人が良かった?



俺は秋田に住んでました。
こっち来て結構なるけど、秋田に好きな人がいて、その人を忘れるの難しくて。
それはちょっと嘘だけど、東北の訛りとか聞きたくて。



そうなんか。
悪いことしたなあ。
ぼく喋られへんわ、こっちの言葉。
聞き飽きてるやろぼくみたいな喋り方。
メールよりアプリの方でチャットしよか。
おっちゃん今新幹線の中やから音声通話はできんけど。
ぼくのアカウント探してな。



言われるがままにアプリを立ち上げて、マサトシのおっちゃんを探してみた。
すぐに見つけられた。
おっちゃんのアイコンは、子供が書いたっぽい落書きで、多分それは、おっちゃんの似顔絵だと思った。


これ、おっちゃんの子供が書いたの?
子供いるんだ
奥さんも?



アイコンやろ、うちの子書いてん
似てるてよう言われるよ
奥さんはおりません
あんましツッコまんといてなー



バイなの?


つっこまんといてってー(汗
でもまあ、ぼくはガチやねんけどね



「……なんか事情もあんだべなー……」
画面を見ながら呟いて。
口から出た言葉は文字にせず、アイコンの感想を打ち込んだ。



似てるのこれ
ヒゲ?無精ヒゲなのおっちゃん
それにこれ、ウィンクしてるね


そやねんぼくウィンクしてんねんていっつも
ヒゲはちゃんと毎日剃ってるけど
帰る頃には伸びてんやろね^^;
この絵の髪、黒いクレヨンでかいてあんねけど
ホンマはぼく真っ白やしね^^
子供なりに気をつかってくれてんやろね



「マサトシのおっちゃん」と言う名前、優しそうな関西弁の文字、チャットの内容、それから子供の描いた似顔絵アイコンから、なんとなく想像した。

丸い体型の、気のいい中小企業の社長さんみたいな感じなのかな。

その日はおっちゃんが新幹線を降りるまで、ずっと文字で会話した。
おっちゃんからの最後のメッセージは
「こんど音声しよなー」
だった。

今度っていつかな。


楽しみが一つ、出来た。



20120806  続く
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