閣下-Превосходительство-


ビルから少し離れた定食屋に三人で入った。

「予約してるからすぐ飯来ますよ」

ポスト菅野の呼び声も高い、「小さな黒縁眼鏡くん」岡部がドアを開けながら宮川と竹中を案内する。

「さすがポストカンカンはやることソツないわねぇ」
竹中が感心した様に笑顔になる。

「好き嫌いとか無いですよね竹中さん」
「無いわよー」
「宮川くんは食べられ無いもの多くて」
「あらそうなのミヤサマ!?だからそんなに生っ白いのよ!ひょろひょろモヤシみたいに。外出なさい外。海行きなさいよ。カンカンなんかまたちょっと日焼けしてたじゃない。健康的よおーああいうの。べっちも焼けた?どっか行ったの?」
「俺は元々色黒なんでー」

談笑する二人を背後から眺めながら、宮川は無言で襟足を撫でるだけ。

席に着くと宮川のバタフライから音がした。
取り出してディスプレイを眺める。

「だぁれ?スギサマ?」
無言で首を横に振る。
岡部がおしぼりで手を拭きながら訊ねる。
「平塚課長でしょ」
今度は無言で首を立てに振る。
竹中が驚く。

「平塚課長とメールする仲なの?凄いじゃないミヤサマ。なあに?スギサマの悪口でも送ってんの?」
「まさか」
三語で返す。
岡部が嬉しそうに竹中に説明し出した。

「宮川くんのゲーム仲間なんですよ平塚課長」
「はあ?どういうことよ」
「『クリハン』の狩り友なんだって」
「課長ってゲーマーなの?あの歳で?って言うかゲームなんかする時間あるのあの人ぉ」
「移動中にやってたりするらしいですよ」
「えー!?意外!全然そんなイメージ無いわぁ。ギャップ激しいぃ」
「やり込む人らしいですよ。あとなんだっけ宮川くん」
「ガノタ」
また三語で答えた。

竹中が不思議そうな表情をする。
「ガノタ?何それ」
解説を岡部に求めると、岡部は眼鏡をおしぼりで拭きはじめた。
宮川は少し眉を顰める。

なんでそれで拭くんだよ。
モック拭く奴持って来てんだろ。それ使えよ。
言葉にはせず、向かい側に座る二人を眺める。

「ガンダムオタクの事らしいです。略してガンオタ、更に略してガノタ」
「発音良すぎぃ……じゃないわ、平塚課長ってやらしいわ!ロシア人のお祖父様がいたりちょっと関西弁だったり銀髪だったり灰色ブルーの瞳だったりなのに、またなんか盛り込んでくるワケ?やりすぎよ課長」

ケタケタと笑いあう二人。

胸の内で「厨二病」と言う単語が浮かび上がったが、それは声にしなかった。
説明するのが面倒だったからだ。

平塚がもしヘテロクロミアだとしたら、面倒でもその言葉について説明したかもしれない。
だが平塚はブルーグレーの両目で、厨二成分は少々足りてないなと宮川は判断した。

「それでそれで?ゲームの話して仲良くなったの?」
ヒレカツ定食が三つ運ばれてきて、並べられて、割り箸をぱきんと割りながら竹中が訊いてきた。

解説役の岡部は口の中にヒレカツ。
面倒だが諦めて、自力の説明を開始した。

「……偶然。仲間探してて。そういう掲示板の書き込み見てて、たまたまメールしたのが平塚課長だっただけ」
「なんで平塚課長ってわかったのよぉ。名乗り合ったワケじゃないんでしょお」

名乗り合える訳がない。

「……最初はフツーに狩りしてて。時間帯が合うし、話しも合うから、勝手に同年代とか年下かなって思ってて。でも名前が『ドズル』だから、もしかしたらかなり年上なのかなって。でもそこらは一般常識かなって」
「ヤダわミヤサマ、喋りすぎよいつもより。お水飲みなさい」
差し出されたコップを手に取る。少しだけ飲む。

「どずる?それがどうしたの?」
「ガンダムのキャラですよ。これ」
岡部が差し出したバタフライにはきっと、検索した画像が出ているんだろう。

その間にカツを齧る。

「ファーストガンダムの登場人物だから、ファンだとしたら年齢高いのかなって宮川くんは思ったけど、でもガンダムファンって言う人たちって、どのガンダムも好きでしょう?年齢関係ないから」
「そういう物なの?知らないわタケ。シャアとアムロしか知らないもの。で?そのどずるさんが平塚課長なの?」

カツを飲み込む。

「……チャットとかしてて、それからメールもするようになって。お互いZメールで。イベント情報とか閣下の方が詳しかったし」
「閣下?」
「ドズル閣下」
「やーね、いかにもオタク臭いわぁ」

だからこう言う話しをするのは嫌なのに。

「……メールはこっちで受信してたから、最初気が付かなかったんだ」
もう一台、プライベート用のバタフライを出した。

「……一度間違って同期して、そしたら連絡先が被って……閣下のアドレスだった所が、平塚課長に変わって、あー、って」
「あー、それはあーねぇ」
ご愁傷様、と言いたげな竹中の顔。

「それ以来、ゲーム内ではタメ口だった筈のドズル閣下に敬語使ってるそうです宮川くん」
「あらまー。それで?今来たメールは?閣下なんでしょ?」
「……竹中さん、課長と会っても閣下って呼ぶなよな。俺はバレてないんだから」
「いいじゃない、閣下って雰囲気するもの平塚課長」
「……やめろよー……」

メールを展開する。

クエストの誘いだった。
追伸で「東京なーーーーーーwww  暑いwシャレならんwwwwww 溶けるwwwガリガリくん必携wwwww」

ついでだと思い、メール画面を見せたら、竹中が味噌汁でむせこんだ。

「ホントに?これホントに平塚課長なの!?キャラじゃないわよこれ!なんなのこれ!」
「……閣下の文章いつもこうだよ。草生えてる。ボーボーに」
「草?ああこのダブリューね!草って!草って!おっかしーおっかしー!ちょっと、それ転送してよ!辺見にも見せたい!」
「……うんわかった。送っとく」

すぐに送信。
竹中のバタフライが鳴る。
竹中がメールを展開する。

「ミヤサマ、これ何?」
指し示されたのは、メールの中の一番最初の部分「キュアセイシャイン様」。

「……俺のゲームでの名前」
「ヤダもうオタク臭いんだからあー。襟足王子の方がずっとかっこいいのにぃ」

どこがだよ。

食べ終わり、食後に運ばれてきたアイスコーヒーを急いで飲み干し、13時になる少し前、会議室に戻る事が出来た。

既に店頭に並んでしまっている、いささか遅すぎの感がある新商品説明会を満腹の脳と体で心地良く受けながら、宮川は「ドズル閣下」宛のメール内容を頭の中で推敲しはじめた。



20120806  続く

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