予感-Предчувствие-



通帳を見つけた。
秋田で使ってた銀行のだった。
かなりの額が入ってた。
半年くらいなら、一人でも生活できるんじゃないかってくらいの額。

すっかり忘れてた。

徳島に来てからは家と病院の往復くらいで、行っても精精近所のコンビニ。あと図書館。
金を使うって事がなかった。
元々贅沢ってのがなんだかわかんなかったし、欲しいものも無かったし。

親父もかーちゃんも妹も、俺に優しくしてくれた。
おばあちゃんも。

俺はなにもしなくていいって。
家の中の手伝いもせずに。
テレビを見たり、借りてきた本を眺めてたり。

それから薬を飲んで寝た。

おばあちゃんちには猫がいた。
おばあちゃんにそっくりのおばあちゃんな猫。
灰色に黒い縞のある猫。
小型犬みたいに服を着せられていた。
結構な長生きらしくて、本当におばあちゃんらしくって、ずっと寝てた。
物もしゃべらず、笑いもせず動きもせずの俺を気に入ってくれたのか、俺が来てからは俺の傍にいる事が多くなったって、本当のおばあちゃんが言っていた。

「猫は静かなんが好きやけんなぁ。あんた動かへんからこの子も落ち着くんやな」

猫に名前は無かった。


縁側のある一階隅の和室が俺の部屋として与えられた。
元々はじいちゃんの部屋だったらしい。

縁側から学校や神社が見える。
私立の学校らしい。
幼稚園から高校まで、エスカレータ式で上がってく所だっておばあちゃんが言ってた。
毎朝、学生さんたちが縁側の向こう、垣根の向こうをおしゃべりしながら歩いてくのを見た。
最近静かだなって思ったら、夏休みに入ったんだって気がついた。


猫が縁側の隅で箱座りしていた。
なんとなく振り返って、自分の部屋を眺めてみた。
襖が気になって、開けて、そしたらダンボールの箱があって、それも開けてみたら、俺の物が詰め込まれていた。

秋田を出る時、必要最低限な物だけをこの箱に入れた。

電池切れの携帯電話と、通帳を見つけた。

携帯電話は随分前に解約した。
払う必要が無いと思ったから。
たまに来るヒデキからのメールが、嬉しかったけど、ヒデキに悪くて、アドレスを変更して、その後解約した。

バタフライ、欲しいな。

エルデータの目玉商品、スマートフォン。
テレビCMで見た。
流行ってるらしくて、ドラマなんかでも俳優が使ってるシーンをよく見るようになった。

これからはスマートフォンの時代なんだってー。

そう、妹が言ってたと思う。


突然欲しくなった。本当に欲しくなった。
前にテレビで、スマートフォンは小さなパソコンです、みたいな事言ってた。

ヒデキは買ってると思った。

デジモノオヤジのヒデキ。
絶対買ってる。

確信があった。

俺も買おう。

ケータイ買う時って何が必要だったっけ。
判子と通帳かな。身分証明書?運転免許証なら。期限は?大丈夫だ。切れてない。

通帳の中のたくさんの金は、俺が体で作った俺の金。
家族の誰も、俺がまだこの金を持ってるなんて知らないはず。

社長には、稼いだ金は出来るだけ手元で保管しろ、銀行には入れるなって言われてた気がするけど、それがなんでなのかは覚えてない。税金がどうとかだったかな?
それでも、現金のままで引越しするのは怖くて、頑張って近くのATM数件で金を入れた記憶がある。

部屋から出て、居間の前を通った。誰もいない。
みんな出かけてるんだな。

玄関から出る。
50mくらい離れたバス亭まで歩く。
日差しがきつくなってきた。
南国の太陽。
時刻表を見たら、良かった、あと10分くらいでバスが来る。

徳島に来てから、はじめて家電量販店へ行く。
マエデンがあればそこで。ハイジマランドでもポルタでもなんでもいい。

バタフライの新機種を買う。





「お土産は?お土産無いのスギサマ!」

竹中に飛びつかれそうになって、杉浦は慌てて胸元に紙袋を当てた。
その紙袋には「ぶどう饅頭」と書かれてある。

「あるよお土産。怖いよ竹ちゃん。ぶどう饅頭。原田店分だからちゃんと辺見ちゃんとも分けるんだよ」
差し出す。受け取る竹中は訝しげに包装を見つめる。
「なぁにこれ。葡萄なの?お饅頭なの?」
「わかんない」
「わかんないで買ってきたのぉ?なんなのスギサマどういう事なの」
「僕には?」
ひょっこりと、竹中の横から、菅野が顔を出してきた。
杉浦を見上げてニヤニヤと笑う。

「いいなぁ僕にもお土産、杉浦さん」
「かんちゃ……菅野さんにはご自宅にお送りしました。夕方あたりに届くかと」
「と言うことは、大き目のナマモノね?マネージャー得ねぇカンカン」
「お魚ですかね?竹中さん今日うち泊まります?杉浦さんのお魚いただきましょう」
「ちょちょちょちょっと待って、魚じゃないよ、酒だよ地酒。重いし割れるの怖いから宅急便にしたんだ。それにかんちゃ……菅野さん」
「かんちゃんでいいですよ?」
「かんちゃん、ヘルパーさんのえこひいきはダメ、竹ちゃんだけ呼んだら皆変に思うでしょ」
「やだカンカン聞いた今の!スギサマやきもち焼いてるわぁーきゃーわーゆーい!心配しなくてもタケはミヤサマべっちコンビと遊びに行くわよ」
「……夜遊びしすぎないでね」

仙台ビル内、喫煙所にて。

東北管内ヘルパーミーティングで集まっている。
杉浦は昨日夜遅く、四国遠征から仙台へ入った。

竹中がニタニタしている。
「なぁにタケちゃん。気持ち悪いよ」
「うふふ。スギサマ、四国で、徳島店で、遂にマリンポロデビューしたんですって?」
「え?そうなんですか?」
菅野も食いつく。
杉浦は口をへの字に曲げた。

誰だよ、そんなの教えたの。
知られたくなかった。
一度は着てみたいなとは思っていた、エルデータ量販店ヘルパー用ユニフォーム、ネイビーブルーのポロシャツ。通称マリンポロ。
サイズがあるなんて思ってもみなかった。
たまたま、徳島の店舗に大きな、自分にも合うマリンポロがあったのだ。
面白がられて、着せられた。

「保品さんのツイッターで写真も見たわ!可愛かったぁー似合ってたわぁスギサマ」
「保品さんのアカウントで?」
「そうよ、カンカン見てないの?さかのぼってみてよ、可愛いから!」
「ほぉー。どれどれ」
菅野が自分のバタフライを取り出す。
アプリを立ち上げて、しばらくフリックを繰り返していた。

指が止まり、顔が止まった。
笑顔が止まった。

「どうしたのかんちゃん」
「スギサマ可愛すぎて衝撃受けた?」
「杉浦さんこれ」
「ん?」

差し出されたバタフライの液晶には大きく杉浦の画像。
恥ずかしい。
なんだか恥ずかしい。

バタフライの実機前。
ボードを持って客に説明をしている姿。

「このお客さん」
「うん?うん、バタフライ欲しいって、まっすぐ僕のところに来たんだ。その彼ね、若いのにね、携帯持ってないって言うんだ。珍しいよね」
「あら美形!タケ好みじゃないけど整ってるわぁ。可愛いわね。スギサマ契約までやったの?」
「契約自体は向こうのヘルパーさんに。書き物はその場でやったよ。ああそう言えばこの子、僕と同じ名前だった」
「ヒロキ?」
「うん、字は違うけど。あ!それとね!凄いんだよ!この子ね、秋田の子だったよ!ちょっと東北訛りだなって思って聞いたんだ。そしたら秋田から来たって!凄いよね、偶然だね、奇跡ですよねって言って、買ってもらったんだ」

菅野の大きな目が、更に大きくなり、杉浦の視線と交わった。


20120803  続く
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