二人共その女性歌手の顔も名前も、そして歌っている曲も知らなかった。
アイドルにしては少し歳が行っているような気もするし、顔も地味で、ただ名前は横文字だった。
二人が知らないだけでそこそこ人気があるのだろう。結構な人数が渋谷HMV6階に集まっていた。写真集とCDの販売イベントで、サイン会も行われていたが、二人はそれを遠巻きに見ていた。
「そんなに悪ないなぁ、あの声」
堀が言うと、秋斗も頷いた。
「さっきの歌詞、くっさいけどええなぁ」
「どこ?」
「『あんまり綺麗な瞳で見つめるから』やって」
堀は笑ってしまう。
秋斗はそれを見て少し不機嫌な顔をする。
咳払いを一つして、堀は言った。
「売れてんねやろか」
「そこそこちゃうん。人も多いで」
「男多いなぁ」
「そらそやろ」
「女の歌手はわからんなぁ」
「そやな」
二人は階下に移動する事にした。
目的は名も知らない歌手のミニイベントでは無いのだ。
「ジブン何買うつもりで来たん」
秋斗が問うと、堀は困った顔をする。
「欲しいモノは決まってないねん。なんかええの無いかなー思て。お前は?」
「俺もや。なんやろ。何聴きたい今」
「なんやろなー。インディーズ探すかな」
「なんかええのあったら教えてな」
「おんわかった」
ほな、と手を挙げて二手に別れようとしたが、歩き出す方向は一緒だった。
「…おんなしコーナー目指してんなぁ」
厚めの唇を指先で軽く押しながら、秋斗が言う。
「しゃあないやん。音楽の趣味かぶってんねんもん。てゆうかお前がかぶってきてんねんで」
「んなことないわ。アホか」
秋斗はすたすたと堀の先を歩いた。
なんとなく、堀がその後を着いていく形になる。
ぴた、と秋斗が立ち止まった。振り返って堀を見る。
「なにしてん秋斗」
「…やっぱCD要らんわ。これから俺んち行こ」
「なんで?」
「カラオケでもええわ」
「こな昼間っぱらからか。なんで」
「お前歌うてくれ。俺それでええわ」
あんまり綺麗な瞳で見つめるから、堀は恥ずかしくなってしまった。
20100213加筆修正、完