試合が終わった。
3-2でマドリードの勝利。

「ベッカムは温存かぁ」

そう言うと小原は後に手をついた。
依栖も同じ格好をする。

「そなもんちゃう。ロナウド調子良かったなぁ」
「ソシエダも強いですね」
「強い強い」
「…依栖さんも、ホンマは近距離が強いタイプでしょ?」

小原は上目遣いに依栖を見た。

「俺?俺元々拷問班やで。しばくん仕事やってんもん。まぁ殆ど蹴り上げとったけどな」

依栖が言うと、小原は笑った。

「趣味丸出しですねぇ」
「ええ仕事でも無いで。すぐに圭呼んで、オフェンスに回してもろたし」
「仕事は警察一本?」
「そぉや。ドグサレサツ殺んの専門やもん。ジブンらは?」
「僕らまだ仕事選べませんもん。ディフェンス班ですし」
「イヤやろ、しょーもない奴護んの」
「イヤな時ありますねぇ。美又はまだ悩んでますけど。俺はもう。慣れたかもしれへん」

依栖は小原を見つめた。
慣れた。

その言葉が依栖は嫌いだ。

この仕事に慣れがあってはいけない。
表も、裏も。
「オフェンスにも憧れるけど。俺も美又も接近戦あかんから無理ですわ。圭さんの拳と依栖さんの脚があったら無敵なんやろなぁ」

小原が遠くを見ながら呟く。

「…上はね、圭さん殺ったら依栖さんは連れて帰るようにゆうてるんです。どないします?」
「どないするもなんもない。答えはいっこしかない」
「そうですか」

小原は俯いた。
両膝に顔を埋める。
くぐもった声で依栖に言う。

「多分今頃美又は死んでる。圭さんに殺られてます。本望やと思う。俺ら、なんでここまで来てしもたんやろ」

依栖は何も言えなかった。
答えられない。
かけてやる言葉は無い。

「依栖さん」

小原が顔を上げた。
立ち上がる。
まとわりついた砂を払う。
依栖はそれを見上げた。
と同時に依栖の額に小原のワルサーの銃口が押し付けられた。

「死んでください」

依栖は目を閉じなかった。

来る。

今、来る。

「伏せぇ依栖!!」

その声に従った。
砂地に倒れこむ。
小原の銃口が声のした方向に向けられる。

だが小原の動きは間に合わなかった。
圭の放った弾丸が小原の胸を撃ち抜いた。

依栖の隣に小原が倒れた。
依栖は急いで立ち上がり、圭に向かって走り出した。
圭が腕を伸ばす。
依栖がその手を掴む。

叫ぶ男達の声。
女達の悲鳴。
銃弾の音に一斉に逃げ出した家族。
興味深そうに小原の死体に近づくカップル。

それらを背にして、二人は走った。

砂に足をとられそうになると、圭は依栖の腕を掴んでまた走り出す。

(走ってるんじゃない、止まれないんだ)

昔、二人で観た映画のキャッチコピーが依栖の脳裏に浮かんだ。

走ってるんじゃない。止まれないんだ。
アンダルシアの日差しは痛い。
痛い。

「圭、俺、痛い」
「痛いな。ホンマ、痛いわ」

一際高く聳え立つカテドラルを目指す。
太陽さえ、味方ではない。


20100202加筆修正、完結


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