たくさんのビーチパラソルが色鮮やかで、自然と気持ちが祭りモードになってくる。
脚の長い異国の美女。
ビキニ、ビキニ、ビキニ。
男達は皆筋肉質で体毛が濃く、いかにもラテンな雰囲気だ。
アングロサクソン系の顔立ちも見かける。
別荘地らしい賑わしさ。

首都マドリードでもここと同じ様に海のあるバルセロナでもなく、スペイン南に位置するマラガを逃亡先に決めたのは、コスタ・デル・ソルの地中海を見たかったからだ。
この気候は自分の性格に合っている、と依栖は思った。

海岸をビーチサンダルで歩く。
オーストラリアでは不快だった砂の感触もここでは心地良い。
帽子を顔に乗せ昼寝をしている初老の男性のパラソルから、ホイッスルの音が聞こえてきた。
足を止める。
小さなTVが砂の上にぞんざいに置かれている。
依栖は画面を覗いた。
サッカーの試合。

マラガの試合ではないらしい。
ベッカム、ジダン、フィーゴ、それからロナウドの顔が見えた。
ユニフォームの様子からレアル・マドリードとレアル・ソシエダの試合だと判断した。
好カードだ。
しゃがんで見てみる。
すぐにロナウドがゴールを決めた。
人差し指を高く掲げ、喜んでいる。

依栖の後に誰かが立った。視界が影に入る。

「よぉ暢気にサッカー観戦できますねぇ」

影が喋った。

「…小原か」

依栖はTV画面を見つめながら言った。影が動く。
依栖の隣に小原が座る。

「ロナウド出てますか」
「さっき一点決めよったで」
「ベッカムは?」
「映っとったけど、ベンチや」

ふぅん、と小原は鼻を鳴らした。依栖は小原を見た。

「殺りに来たんちゃうん?」
「殺りに来ましたよ。試合終わってからでもええですやん」
「そなことゆうといて、ジブン気ぃ変わったら平気で刺すタイプやろ?」
「そうですねぇ。ボク裏切り行為大好きですから」

可愛い顔をして笑う。

「美又は?」
「勿論圭さんの方へ」
「あいつ今、あっちにおんで」

依栖は顎で山の方を指す。
白い家々が山沿いに立ち並ぶ。
ミハスの村。
そこに依栖と圭は滞在していた。

「ちゃあんと知ってますよ」

小原はまた、笑った。






ミハスの闘牛場はスペイン国内でも珍しい四角形だ。
こちらに来てから二度ほど観てみた。
一度目は闘牛学校の生徒の試演で、何度も牛が刺され呻き、断末魔を上げ、見ているのも痛々しかった。
二度目はプロのものを見た。
その時牛は楽に死ねたようだった。
圭は安心した。
マタドールの衣装は何度見ても面白いと思う。
そんなコントをやってみたら良かったな、と思う。
ついネタを考える。
そんな必要はもう無い、とまた思う。

圭と依栖は、「表」の仕事は兄弟のコント師だった。
他のメンバーも同じで、「お笑い芸人」としてくくられる。

裏の仕事は、暗殺者。

観客のいない闘技場はそれでも熱気を帯びていた。
見学料もばかにならないが、楽しい場所ではある。
客席から闘技場を望み、白い壁を指先で撫でる。
視線を感じた。
数メートル先を見上げる。

真っ白な壁の上に美又が立っていた。
銃口は真っ直ぐ、圭の心臓に向けられている。

「終わりにしてあげますわ圭さん」
「余計なお世話じゃ」

即座に胸から九四式を出し、美又に向けた。

美又は冷静な表情のままで、壁から客席側に降りた。
だが銃口は圭に向けられたままだ。

「上は、圭さんさえ殺ったら、それでええてゆうてます。依栖さんは帰国して、裏の仕事は無理でも表の復帰は可能です。日本には嫁さんもおんねでしょ」
「…依栖の嫁になんかあったんか」
「ありません。無事です。勿論、お二人のご家族も。ここで圭さんが死んでくれたらそれでええんです。丸く収まります。依栖さんの為にも、死んでください」
「イヤです」

圭が答えると、美又は少しだけ表情を崩した。
笑っている。

「そうゆわはると思てましたけど」
「見逃して…くれへんやろなぁ」
「今、小原が依栖さんの近くにおります。俺がここで圭さんを殺ったら、小原に即連絡入れて、依栖さん連れてそのまま日本に帰ります」
「…お前、死にに来たんか」

圭が言うと、美又は少し躊躇うような、もしくは恥らうような表情をした。

「死にたいとは思てませんけど。でもこな仕事しとったら、いつ死んでもおかしないて思てます。圭さんも、そう思てはるでしょ」
「ああ。俺はいつ死んでもおかしない」
「ほな、死んでください」

美又の銃口は、真っ直ぐに圭の心臓を狙っている。


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