「会うてしもたなぁ」
「しゃあない」
兄が弟に言い、弟が兄に答えた。

弟は即座に引き金を弾くかに思えた。
だが兄が考えていたとおり、彼は一瞬躊躇した。
瞬間、兄は弟の懐に入り込み、そして弟のこめかみに銃口を押し付けた。

「死ねや、圭」
「本望や」

銃声。

美しすぎる鮮血。
赤。赤。赤。

圭は目を疑った。
自分の五感を信じられなかった。
自分には何の衝撃も無い。
何の痛みも無い。
目前の兄・依栖が吐血する。
スローモーションで、兄が圭の肩に顔を埋める。

誰や。
誰や。
やったん。

圭は倉庫の扉口を見た。
人が立っている。
逆光でよく見えない。こちらに銃口を向けている形だけが浮かぶ。

「誰や!!」

圭は叫んだ。 
影が答えた。

「……や、や、山口で…す…」

見えてきた。
坊ちゃん刈よろしく、綺麗に整えたヘルメットの様な髪で。 
山口の声は震えていた。あのヤンチャで元気な山口の声ではなかった。

「こっち来い」

圭は依栖を片腕で支えながら山口に言った。

「イヤです」
「お前が来ぃひんでも俺が行く。なんやったらオラ、こっから撃ったってもええぞ」 
「…撃ってください」
「お前アタマおかしんか」
「おかしいです。…もう後戻りはできへん。依栖さんをやってもうた。もうどうしようもない。俺にはもう、あとは、圭さんをやって、俺も死ぬ道しかない」
「依栖は死んどらへんわ!お前ド不器用やな。かすっとるわい。今すぐ依栖を連れてく。邪魔したらホンマに殺すぞ」

圭は依栖を抱えたまま山口に向かって歩き出した。

「動かんといてください!!」

山口の静止も圭には効かなかった。
長い脚で大股に、依栖を支えたままで山口に近寄る。
山口はどうすることも出来なかった。
圭がその銃口を素手で握る。

「まだまだやな。お前は精々表で頑張れや」

圭は山口を見つめて言った。

「…裏でも、やっていけます…蓑山かてやっとるんや…俺も圭さんみたいになりたいねんもん…」
「会社も俺ら兄弟の始末をお前にやらせるなんてアホやな…」

圭は片手で震える山口の顎を持った。

「これで勘弁してくれ、山口」

そう言うと首を傾け、静かなキスをした。
唇を離し、圭は山口を見ずに先へと足を進めた。
山口の震えは止まった。

その代わりに涙が溢れてどうしようもない。
膝を地面に付き、嗚咽する。

もう圭は帰ってこない。
表は勿論、裏の世界でも、もう会うことは無いだろう。

圭は当然のように依栖を選んだ。
そんなことは判っていた。

判っていたが、涙を止めることが出来なかった。
十分、そうしていただろうか。
山口の背中に腕を伸ばし、抱きしめた者がいた。

「…来てくれたんか…」

山口はしゃくりあげながら、顔を上げた。
後から、蓑山が山口を見つめている。

「ふられたんやな。やっぱりな」
「やっぱりてゆうなや」
「会社帰ろか。一緒に謝ったるから」
「許してくれへんよ…失敗してもうた…裏の仕事も舞台の仕事ももう回ってきぃひん…」
「それは困るなぁ。お前の相方が困るやろ。仕事のうなったら」

山口は目を赤く腫らしながら、蓑山を見上げた。

「ごめん、なさい…」

そういうと、蓑山は笑って山口の頭を撫でた。

「帰ろか」
「…おかんのとこに帰りたい…」
「よし、おかーさんとこ行こ」

山口はまた、泣いた。


圭はバイクに跨り、自分と兄の体をロープで繋いだ。
エンジンを二回噴かす。
狭い道を選んで走り出す。
会社は二人を追いかけるだろう。
 
最初、二人はそれぞれに「相方を消せ」と要求された。

何ヶ月も兄から逃げた。
時には、決心して兄を殺そうとした。
機会なら何度もあった。それは依栖にしてもそうだっただろう。

このまま逃げる。
依栖と。

依栖の出血はおさまったようだった。
だが顔は青白いままだ。
時間が無い。
圭は焦る。

そう思った時、後から白いランクルが幅寄せしてきた。

「なんやコイツ」

圭がメットの下で履き捨てるように言うと、隣に寄ったランクルの後部座席が開いた。

「圭さん!こっちや!こっちに依栖さんを」
「アキ!!」

圭は驚いた。バイクを止める。
ランクルも少し間を置いて停車した。
アキが車を降りて駆け寄ってきた。

「アキ、来てくれたんか」

圭は少し安心する。

「俺もばっくれる事にしたんですわ。あかんな、依栖さん持つかな」
「持たせろや。運転手誰や」
「毅です。圭さんもあっちに乗ってください」
「依栖頼むわ。俺は会社行く」
「会社って、あんた何する気なんですか」

圭はそれに答えなかった。
気を失ったままの依栖をアキに任せ、バイクを走り出させた。
向かう先は一つ。
兄弟を引き裂こうとした相手。

 




圭は夢を見ていた。
依栖といつまでも醒めぬ夢を。

二人で、幸せになる。

それが叶うのはいつの事なんだろう。
 
圭は東京本社を見上げた。


20100131加筆修正、完


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