「難波くん?」
日鳴方は柔和な笑顔を見せている。
俺はそれさえ腹立たしい。
いつの間にか、兎澤と赤倉の後ろに泉川らも揃っていた。
前園までも。
泉川の笑顔に悪意を感じる。
断り続けるのにも疲れたし、歌の一つも知らないのかと思われるのも腹立たしい。
俺は今、制服のままで渋谷のカラオケ店にいる。
電車の中で、野々宮のバイト先なのだと兎澤に聞かされた。
制服は俺と泉川と日鳴方だけだった。
他は皆、通学の時点で私服だ。
部屋に入ると各々自由に動き出した。
野々宮は全員の飲み物を聞き食事も注文した。
兎澤と加瀬は我先にと曲を入れはじめた。何曲も!
赤倉と前園はまだ歌う様子ではなく、お互いの今日の衣服について話をしているようだ。
なるほど、前園の私服は凄い。
幼稚園児や赤ん坊が着せられるような真っ白なフリルとレースのワンピース!
泉川は部屋の中をせわしなく歩き、壁に貼られた広告を珍しげに眺めている。
「難波くん何歌うん」
俺の隣で日鳴方が言った。
何故隣に座る?
他にもあるだろう!
見透かすように日鳴方は
「難波くんとゆっくり話しとーて」
いや、俺はそんなに話はしたくない。
日鳴方は勝手に続ける。
「難波くんの苗字、ええなあ。懐かしいわ。難波〜次は難波〜」
昔神戸に住んでいた頃、同じ内容でからかわれた物だ。
俺にしてみれば懐かしさを感じないネタだ。
ますますコイツが腹立たしい。
俺は無視した。
加瀬が前園にマイクを渡している。
いつの間にか泉川も前園の隣にいた。
野々宮も加瀬や兎澤の側にいる。
俺と日鳴方二人が少し離れた所に座っている。
嫌がらせか?!
前園が歌いだした。
「おー」
兎澤と泉川が歓声をあげた。
俺もこの曲は知っている。知っているだけで興味はない。
隣の日鳴方が
「ベタやなー」
と呟いた。
マンソンだった。
ふと赤倉と目があった。
赤倉は兎澤以上に人懐こい笑顔になり、立ち上がり俺と日鳴方の方へ来た。
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