外国暮らしは長かったが、日本語を忘れる事はなかった。
日本が好きだから、という愛国心ではない。
学校から帰宅すれば家族は日本語を話すし、インターネットで日本のサイトを開けば音声も動画も日本語だ。
英語のみならずいろいろな言語を覚えた。
新しい言葉を知る度に自分は成長していると感じた。
イギリスで知り合った泉川は酷いスラングばかり使った。
何がクィーンズイングリッシュだ。
聞くに堪えない下品な単語を発した。
なのに彼女は何故か日本語を話す時ばかり、作ったような上品ぶった喋り方をした。
あらゆる言葉にはスラングがあり方言があり、訛りがある。
知っていた。
知ってはいた。
「難波くん」
そうだ。
俺は知ってはいた。
日本語にも方言があり訛りがある。
地域によってイントネーションも変わるのだ。
「ちょお難波くん。皆でカラオケ行かへん?リリーちゃんもノリノリやねんけど」
俺は日鳴方を見た。
「歌は知らん」
「知らんでもえーねん。リリーちゃんが難波くんも誘い〜ゆうねん」
日鳴方の、俺の名前の呼び方が。
そのイントネーションが。
気に障るのだ。
「難波ぁ。本場の英語でライム聴かせてくれよ。俺マジ覚えるから」
兎澤の「難波」は耳慣れた「ナンバ」だ。
「難波くんてどんな歌聴いてんのぉ?日本の歌知ってるぅ?」
赤倉の「難波」も問題がない。
「難波くん早よ運転手さんに電話しぃ。今日はカラオケ行きますーゆうて。電車で渋谷行くねんて」
こいつの。
こいつの「難波」の発音だけが。
耳障りで仕方がない!
→next→
一覧へ