俺は涙が出そうになった。

「俺、まだ退院したくありません」
「その話はもう終わったでしょう。ご家族とお話して、もうあなたは十分ここで療養しました。生きていけますよ。どこででも」 
「そうです、俺はどこでも生きています。死なないです。でも、生かされているだけなんです。俺は狂ってます。おかしいんです。見えないものが見えて、聞こえない音が聞こえるんです。俺は普通じゃありません。先生、ここに置いてください」
「湊さん。病人のフリはもうおしまいですよ」

そう言うと、院長はくるりと背を向けて、ナースセンターに入っていった。
俺はそれを追いかけた。
「先生、俺、病気です。病気なんですよね。頭おかしいんです俺」
「そう思ってるのはあなただけよ」
「違います。俺はおかしいんです」 
「そうやってあなたは自分を貶めてるけど、それは本物の病人に失礼なのよ、わかっているでしょう」
「わかりません、俺も病気です。病気じゃなければ、手を切ったり変な音が聞こえたり妙な光を目にすることもありません」
「そうね、最初は本当にそうだったのかもしれないわ。最初の入院はね。あなた、とても疲れていたもの。仕事に、恋に、生活に疲れていたものね。でも二回目以降の入院は、あなたは病院を逃げ場所にしたの。そうでしょう。あなたはここを隠れ家にしたのね。可哀相な人。でもね、あなたはもう十分リハビリをしました。あなたは正常です。いえ、今までのあなたはずっと正常だった。俺がこう言うのは変かしら。ここにいる人は皆正常なのよ。そして、あなただけが異常なの。異常な人がいる場所はここじゃないの。外、なのよ」

俺は院長のその台詞に愕然とした。
院長の白衣の裾を引っ張って、泣いて縋った。 
俺を置いてください。
俺を置いてください。
俺を置いてください。
俺を置いてください。
俺を置いてください。  
俺をここに置いてください。

 
 








俺はもう二度とあそこには戻らないと決意した。
そうして入院した。
脱走して、悪さをして、拓也ちゃんが出て行ったのを見送って、俺はずっとこのお城で暮らす。
そう思った。

俺はキチガイになりきれなくて、本物にはなりきれなくて、魔法使いに正体がバレてしまいました。
もうここにはいられない。
外に行くのはとても嫌だ。
長く外の空気を吸うと死んでしまう。
死んでしまう。
俺死んでしまう。
時々ならいいけれど、ずっと吸ってると死んでしまう。
体中にカビが生えてきて俺を腐食させる。
この静かな森にずっといたいのに。
 

勇志さんが手を握る。
徹が俺の頭を小突く。
カオル兄さんが俺を抱きしめる。
アオちゃんが泣く。
ぐっさんが笑う。
玉田さんが手を振る。
ヨウスケさんがさようなら、と大声を出す。









俺は、静かな静かな本物の森の中から一人出てきた、裸の赤ん坊になった。


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20100123加筆修正、完結



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