カラオケボックスに入るのは何年ぶりだろうか。
杉浦は記憶を辿る。

20代の頃に数回、行ったくらいだ。
なら10年以上も前の事になる。

誘われて。
当然菅野に、誘われて、カラオケボックスに連れ込まれた。

連れ込まれ、タッチパネルのリモコンを渡された。
これなら知っている。
飲み屋にもあるし、デートホテルにもある。
知っている。

「何を歌えばいいの?」
「好きな歌をどうぞ」

杉浦は堅いソファに座って菅野に尋ねた。
菅野は立ったままで、壁に掛けられた電話の受話器を持ちながら返答した。

そのまま菅野を見ていたら、菅野は飲み物を頼んでいた。

「ウーロン茶とビール」

と、確かにそう言った。

「かんちゃん、飲むの?」
「飲みますよ」
「どうやって帰るの?」
「代行で帰りますよ?」
「ああ、そう…じゃあ僕も飲みたいな、ビール」
「飲んだら勃起しないじゃないですか、杉浦さん」
「あのねぇ菅野くん。全然勃たない訳じゃないよ…ちょっと弱くなるだけ…え?なに?この後もどっか行くの?」
「そりゃ僕の場合はホロ酔いだと勃起しますから」
「なんだよそれ…」

なら、カラオケを設置してあるホテルに直行すれば良かったじゃないか。
そう思う。

顔に出ていたのだろう。
菅野がニヤニヤしながら答える。

「デートしたかったんですよ。定番でしょ、カラオケデート」
「そうなのかい?」
「そうですよ」
「若い人の話だろ」
「僕、まだ32なんで」

ああそうかい。
僕は君より6つも年上なんだけどね。

「杉浦さん、歌決められないんですか?じゃあ僕先に入れちゃいますよ」
「ああ、そうしてくれたら助かるなぁ」
「杉浦さん、カラオケボックス、嫌でしたか?」

薄笑いの菅野。
バカにされているのかもしれない。
からかわれているのだろう。

「別に、そんな事ないよ。君、歌上手いの知ってるし」
「ヘルパー親睦会の時ですよね?何歌ったっけなぁ」
「ほら、アレだよ」

その「アレ」が出てこない。
二人組の。
一人が歌って、一人がギターで。
よく耳にするじゃないか、有名すぎる二人組。

「ああ、アレですね。じゃ、とりあえずそれ入れちゃおうかなぁ」

テーブルの上に置かれたもう一台のリモコンを手にすると、菅野はピタピタと曲を決め、送信した。
決めるのが速い。
性格なのだろうと思う。
これが決断力か?
どちらかと言えば杉浦は熟考タイプだ。
じっくり考えてからでないと行動に移せない。

イントロが始まった。
ガチャガチャとした大きな騒がしい音。

菅野がマイクを持つ。
決め顔で杉浦を睨む。

「実は僕のリサイタルです。3曲連続で入れました」
「あ、そう」

アニメの、音痴なガキ大将を思い出す。

菅野は上手い。
エンターティナーだ。
面白がらせて、楽しませる歌い方をする。
少し前のヘルパー親睦会でそれを見た。

ヘルパー達は喜んでいた。
半裸の菅野を。

何をしているんだと杉浦は思っていたけれど。

酒が入ると脱ぎがちになる菅野を止める術は無い。
ほったらかしにしておくしかない。

そこで止めた所で、何故止めると叱られるだけだ。

音響。
エコー。
最初から飛ばして絶叫する菅野。

微笑ましいような気もするし、くだらない気もする。
ただ、拍手はした。
そして気がついた。
何故くだらない気がするのか。

ギャラリーが自分だけだからだ。

菅野のこのパフォーマンスを、一人だけで見ているからだ。
そんなもったいない、つまらないことはない。
悪く言えば菅野のカラオケは宴会芸だ。
大多数でノリながら聞くから楽しい気分になるのだろう。
そうに違いないのに。

たった一人で。
菅野の歌を聞く。
激しいロックナンバーを。

3曲連続で歌い終えた菅野は汗だくだった。
笑顔で杉浦に言う。

「喉乾いたぁ」

2曲目の合間に運ばれていたビールを呷る。

リモコンを杉浦の前に出す。

「さぁ、杉浦さんも」
「僕は最初からかんちゃんみたいに飛ばせないよ」
「って言うか杉浦さん、ヘルパー親睦会の時に歌わなかったですよね」
「歌わないよ。僕、人前で歌うなんてよっぽどじゃないと歌わないよ」
「今日はよっぽどの日にしてください。聞いてるの僕だけなんで。僕が歌いたいから来たんじゃないんですよ。杉浦さんの歌が聞きたいだけなんです」
「そうなの」
「そうなんです」

真剣な眼差しの菅野に断れる訳も無く。

一曲、選んだ。

イントロ。

「あ。これ。これ?アメージング・グレースじゃないですか」
「最初はこれくらい抑えて行きたいんだよ」
「…へぇ…意外」
「そうかい?」

座ったまま杉浦が歌いはじめると、菅野は隣でじっと杉浦をみつめていた。
じっと。
ただじっと杉浦だけを。
視線が恥ずかしくて、モニターから目が離せなかった。

歌が終わると菅野は抱きついてきた。

「酷いですよ。杉浦さん、上手すぎじゃないですか」
「…うん、僕、結構上手いらしいね」
「なんでですか。テニスの所為ですか」
「あー…学生の頃、合唱部の助っ人やったなぁ」
「合唱部?」
「混声の方がコンクール的にはいいんだって、で、運動部の生徒何人か集められてね」
「へぇ」
「そんな事もあったよ。その時にこの歌も練習させられたんだった…高校の時にね。文化祭でソロやったよ」
「…上手いですもん。僕涙目です。感動しました」
「そうかい」
「そうですよ」
「酔ってる?」
「まだです。でももうここ出たい」
「なんで?」
「早く杉浦さんとキスしたい」
「ここでだって出来るんじゃない?」
「じゃあしてください」

依頼されるままに、菅野と唇を合わせた。
ビールの味がした。


20090128完


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