車は走るのが速いから、何を言っているのか最初はわからなかった。
けどその内、走っている車だけじゃなくてそこらに駐車している車のタイヤからも聞こえてきた。
タイヤは四人一組で喋るから、うるさくて仕方がない。
廃棄されたタイヤは息も絶え絶えに、俺に文句を言う。

タイヤが喋っていたのは、女友達とセックスした彼氏を別れた直後だった。
新しい彼氏が出来たら、タイヤはもう喋らなくなって、代わりに「神様」が降りてきて何かを告げるようになった。

正確には神様ではない。
俺は神様とか宗教とか信じて無いから、俺にとっての宗教的な存在ではない。
ただ、その神様の幻聴は、託宣のようなものを言ってくるから、だから俺はそれを神様と呼んでいる。

今では神様と仲良しだ。
託宣は的確なアドバイスの時もあるし、まったく意味不明なときもある。
俺は大体その託宣をアテにしない。
放っておく。
放っておくと神様は増長してたくさんの数のお告げを言い残していく。
面白いモノはメモしてあるから少し書いておこうと思う。

一. 雨の時は洗濯をしないこと。
二. ご飯が炊けるときに合図をするから目隠しをして車道に飛び出ろ。
三. 薬の飲みすぎは体に悪いから、三つ以上は祖母に飲み方を聞くこと。それを知人にも伝授すること。

俺はそう言った神様の言いつけを一度も聞いたことは無い。
いちいちそんなものに関わっていられないのだ。
俺は洗濯や炊飯といった家事全般はできない。
しない。
薬は確かに飲みすぎと思われるくらい処方されているが、既に祖母は他界しているので訊きようが無い。
神様はいつも勝手なことばかり言う。

リストカットはもっと即物的な理由から始めたんだと思う。
理由は覚えていない。
俺を好きだと言った男たちが俺を手痛く振るたびに、俺は男たちの言ったことややってきたことを思い出して、頭の中が言葉で一杯になって、溢れそうになって、それを押さえる為に左の手首をカッターで切りつける。

血が出ると、代わりに言葉は力を失うから、そこで俺のパニックは終わる。
スッキリする。
気持ちがいい。
痛さは俺に快楽をもたらす。


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