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言われて体が反応してしまう。
エス。
脳内のメモリーカードはデータが半分以上破損しているらしい。
無理だ。
もう、元に戻せないだろう。
スーツケースを持つ。立ち上がる。
「兄貴の所に行ってきます」
近の隣を通って部屋の外に出る。
右に曲がり、日差しの明るい方に足を向ける。
二つ隣の部屋。
エス。
部屋の中に一歩入る。
窓が開放され、暖かい風がカーテンを揺らしている。
清潔そうな真っ白のベッドに、小さな少女が体中にチューブや線で繋がれ横たわっていた。
エス。
心電図が音を鳴らしている。
一定のリズムを刻んでいる。
生きている。
いや、生かされているだけだ。
「エス?」
圭はエスを呼んだ。
手に握ったスーツケースのハンドルが汗ばむ。
この中に本体があるのに。
もう元には戻せないのか。
エスは返事をしない。
出来ない。
ベッド脇の椅子に座る。
エスの隣。
こんなに近くにいるのに。
小さな手を両手で包み込む。
目が潤んでくる。
「元に戻されへんかったぁ…」
包み込んだ手を額に合わせる。
辛い。
苦しい。
孤独を感じる。
エスは生きてはいない。
だが死んでもいない。
動く事がかなわない。
それだけなのに。
エスを見る。
涙が滲んで二重に映る。
鼻に押し込まれたチューブが微動している。
呼吸はしているのだ。
こんなに傍にいるのに、エスは自分に気付かない。
悲しい。
痛い。
数秒、圭は寂寥感に浸っていた。
ぴくり。
指先に動きを感じた。
ぴくり。
もう一度。
握った手を見る。
ぴくり、とまた動いた。
「エス?」
圭は兄の名を呼んだ。
エスの瞼が圭の声に反応するように、ゆっくりと開いた。
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