妻にメール。

『もう一泊します』

送信する。

急に空腹を感じた。

行きつけの居酒屋にでも顔を出すか。
2ヶ月は行ってない。
菅野と一緒に入れたあの焼酎のボトル。
自分が飲む分くらいは残っていたはずだ。

所内の照明を消そうと、見回した時。

携帯が鳴った。

妻からの返信だと思い、手にすると、それは意外にも菅野からの着信だった。
慌てて出る。

「どうした菅野くん」
『お疲れ様でーす。終わりました?』
「終わったよ。どうしたんだ」
『いえ、終わった頃だろうなと思って、電話しましたよ』
「無料通話の時間は終わってるよ」
『あはは、そうですけど。あのね杉浦さん、聞いてくださいよ』
「…かんちゃん、君、飲んでるね」
『大正解です。聞いてください、家に帰ったら、誰もいなかったんです』
「どうして?」

驚く。

だから言ったじゃないか。
帰れと。
熱を出した子供を置いて仕事ばかりしすぎた。
仕事だけじゃない。
しっかり、「浮気」までして。

『杉浦さんが考えてるよーなコトじゃないですよ。うちの奥さんと子供、実家に遊びに行ったんです』
「え?ええ?」
『僕、九時半に家に着いたんですよ。そしたら電気ついてなくて。寝てるんだろうなって思ったら、置手紙ですよ』
「古風だね…」
『ね。メールしてくれっての。お前の連れ合いは携帯電話屋だぞって』
「…連れ合いって言葉も昭和だね」
『でしょ。僕古風なんです。長男の熱、下がったらしくて』
「うん、そうか。良かったじゃない」
『そうなんです。良かったでしょう。で、マユの両親が来てったらしくって』

なんとなくだが話が見えてきた。

孫の看病に疲れた娘を心配して、親が実家へ連れて行った。
そんな所らしい。

『俺を心配させたくないってー。そーゆー感じで黙って実家に帰ったらしいです』

菅野の「俺」を、久々に聞いた気がする。
杉浦は苦笑した。

「心配は、いらないんだね?大丈夫なんだよね?」
『あい、大丈夫です。で、俺は一人寂しく飲んでる訳です。来てください杉浦さん。飲みましょう』
「どこにいるの?」
『マル庵ですよーあの焼酎。ボトルの。空けちゃったから次おんなじで良いですか?』

杉浦が行こうと思っていた、まさにその居酒屋。

「まだやってる?マスター大丈夫って言ってるかい?」
『大丈夫ですよ。ねーマスター、ここ2時まででしょ?』

遠くから、食い物のラストオーダーは12時だがらなー、と男の声。
聞き覚えのある、その店の主人の声。秋田弁のイントネーション。

『ですって。聞こえました?早く来てくださいよー適当に食うの頼んどきますよ?』
「ああ。うん。わかった。すぐ行くから。うん、そうだな。ホッケの塩焼きあるかな」
『マスター、ホッケけれっす。んだー。いますぐ焼いてけれー杉浦さん15分で来るたいに。んだって営業所からだすもん、すぐ来るったす』

笑ってしまった。
菅野もまた、秋田弁のイントネーションと訛りで。
久々にそんな菅野の言葉遣いを聞いた。
笑う。
楽しい気分になってきた。

『へば早ぇぐー。杉浦さん、猛ダッシュで来てけれすなー』
「はい了解」

電話を切った。

酒に強い筈の菅野が大分酔っている。
それだけ熾烈を極めた一週間だった。

だが、終わってしまえば。

こんな物だ。
報酬が得られた。

自分よりも、酔った菅野。
余りにもレアな物。

その姿を早く見たい。
杉浦は自分の頬が緩むのを感じた。
まるで菅野のように、ニヤニヤと笑ってしまった。


20091227完

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