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徳島ってのは、どんな所だろうな。
暖かいんだろうな。
四国。
雪は降らないんだろう。
雪かきしなくていいな。
そんな事を思っていたら、頬に温かいのが当たった。
缶コーヒー。
砂浜に座ったままで隣を見上げると、ヒデキが笑っていた。
ああ、笑うといいなぁヒデキは。
笑っていれば可愛いのにな。
ずっとそうして笑っていて欲しい。
「天気良いな。ミナト、出てきて良かっただろ」
ヒデキが言う。
俺は返事できない。
言葉にならない。
言いたいことはたくさんあるのに、ヒデキに伝える言葉がわからない。
喉も、渇いていた。
プルトップを開ける。
湯気が空にかえっていく。
冬なのに、今日の空は青い。
真っ青だ。
いつものこの季節なら、曇天の、鉛色の雲が立ち込めるばかりなのに。
雲ひとつないじゃないか。
冬の空とは思えない。
いい天気。
日差しも丁度良い暖かさで。
ただ、風だけが冷たかった。
「徳島ってこの向こう?」
バカなふりして聞いてみた。
久しぶりに出した声はガラガラで、爺さんみたいな感じだった。
ヒデキは俺の頭をくしゃくしゃと撫でた。
「ここは日本海だろ。四国って…あっちかな?」
南の方向を指差す。
俺はヒデキの指し示した方向に顔をやる。
空は。
真っ青で。
ああ、南国がそこにあるのか。
って、思った。
「おばあちゃん元気かなぁ」
またガラガラの声が出てしまった。
徳島に、明日、行く。
多分ずっとそこに住む。
秋田にはもう戻らないと思う。
借金を整理して、俺たち一家は、かーちゃんの実家がある徳島に引っ越す。
逃げる。
何もいい思い出が無い秋田から逃げ出す。
俺にはいい思い出もあるのに。
例えばヒデキ。
ヒデキとは1年ちょっとくらいしか一緒にいられなかった。
一緒って言っても車の中、送迎の時間だけ。
退院してから少しだけデートっぽいの、したかな。
ただの、ドライブと食事だけど。
それでも俺は嬉しかった。
ヒデキは無口で無表情で、なにも無かった。
何にもないヒデキが、俺とちょっとだけ仲良くしてくれた。
色んな、でもたいしたこと無い話をたくさんした。
秋田に、いい思い出は無いって、親父やかーちゃんは言うけど。
俺にはヒデキがいた。
ヒデキ。
ちいさなヒデキ。
俺より10歳年上の、小さなヒデキ。
兄貴みたいに思えた。
長男の俺がずっと欲しかった、兄貴。
好きだ。
好きだった。
ノンケで奥さんしか好きじゃないと言い切るはっきりしたヒデキ。
ヒデキ。
好きだった。
もう、会えないんだろうな。
「もう会えないみたいな顔すんなよ」
ヒデキが俺の隣に座る。
砂地に何も敷かないで。
尻が冷たい。
日本海の海。
いつもなら大荒れの波のはずなのに。
今日は何故か優しい。
遠くに行くのが怖い。
病気だって治った訳じゃない。
ヒデキと一緒にもうちょっとデリの仕事、してみたかった。
それと同じくらい、俺は家族も好きだから。
「夜まで一緒にいられる?」
聞いてみた。
「いいよ。ミナトの気が済むまで付き合う」
ヒデキはにっこりと笑って。
二人で空を仰いだ。
20091224完
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