どんな顔で会えばいいのか判らなかったが、菅野の小さな背中を見て、声を掛けた。

「おはよう」

すると菅野は振り返り、にこりと笑って
「おはようございます。秋山さん大変なんですよ。クレームがね」

いつものように。

本当にいつものように。
菅野は杉浦に返事をする。
にこやかに。

昨日、肉体の関係を破棄する宣言をした。
菅野はそれを受け入れた。
昨日だ。昨日の事だ。

今朝、初雪が降った。
菅野はまだ営業所内でコートを着ていた。
杉浦もまた。

昨日の寒いデートホテルの内部を思い出す。

何事も無かったかのように菅野が続ける。

「さて、僕本店行ってきますね。お客様まだいらっしゃるようなので」
「君が行くことないじゃないか」
「まぁそうですけど。ここにいてもね」

何か言いた気に杉浦を見つめる。
その表情は、笑顔だ。

何も言えなくなる。

菅野は踵を返して営業所から出て行った。

杉浦はため息をつく。
その息は白く。

まだこの部屋は暖まらない。

こんな状況はいつまで続くのだろう。
どうして。

どうして、考えに考えた末の結果が、こんな気分の悪さを招くんだろうか。

気付く。

未練があるからだ。
菅野に。
杉浦は菅野に未練があるからだ。

それは体か?
菅野の体か?
気持ちか?

あんな悲しい笑顔で見つめられるのがただ辛いと、それだけなのに。
それだけに決まっている。
決まっているのに。それはただのわがままなのに。
杉浦の身勝手さだ。

自分のデスクに座る。
額を押さえて、またため息をつく。

「どうすればいいんだよ」

独り言で。

自分から選んだ。
菅野との関係を自分から拒んだ。
選択したのは自分なのに。

あんな顔をされて。

笑顔で。
何も変わらない笑顔で。
菅野は何も感じてないのか。
違う。
違うんだ。

わかるんだ。

かんちゃんは、僕を恨んでいる。

あの時。
最初のキスは。
最初のキスは不可抗力だった。

二度目のキスは違う。
杉浦から求めた。

ああ、僕はかんちゃんから離れられない。
でも離れなくてはならない。
こんな関係は続けていられないんだ。

なのに何故。
何故。
何故何故何故何故。

それが体の関係であっても。

愛か?
それは愛なのか?
わからない。

三十分も逡巡していただろうか。

菅野から着信があった。

「はい、杉浦です」
『お疲れ様です。クリアしましたよ。ノベルティの山で解決です』

明朗な声。
辛い。
それを聞くのが辛い。

「そうか。良かったよ…早く戻っておいでよ。仕事、山積みだよ。かんちゃんがいないと何も出来ない」
『あはは、そうですか?僕もうちょっと本店います。秋山さんとメシ食ってきますね』

少しだけ、嫉妬した。


20091220完


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