僕は幸せだなぁと思う。

杉浦が小さく呟いた言葉に、菅野は反論しそうになった。

「僕は、幸せだなぁ。かんちゃんがいる。僕にはかんちゃんがいるねぇ」
「ええ」
それだけを答えた。

何が幸せだと言うのだろう。
お互いに結婚していて、自分には子供までいる。
杉浦と菅野の恋は、誰にもあかせない秘密ではないか。
おおっぴらに出来ない、それでも唯一つの恋。

それを。
それを、菅野がいるから自分は幸せだと杉浦は言う。
裸の上半身で抱きしめてくる。
スーツの上からはわからない、逞しい腕と胸で。
痩せ細った情けない体の菅野を抱きしめてくる。

暖かい部屋。
秋田市郊外のデートホテル。
室内は穏やかなオレンジ色で統一されていた。

「僕、離婚しようと思っているんですよ」

そんな事、考えてもいないのに。
菅野はつい、からかいたくなって、それを口にした。
杉浦が、細い小さな目を出来る限り大きくしている。
驚いて。

何をそんなに驚く?

菅野は苦笑する。

今、杉浦は確かに
「菅野がいるから自分は幸せだ」
と言ったはずだ。

それは同意を求める言葉でもあった。

だからそれに答えた。
冗談だけれども。


「僕、幸せですよ。杉浦さんがいるから。妻と別れて、僕は杉浦さんを選ぶんだ」
「待ってくれかんちゃん。どうしたんだいきなり」
「杉浦さんもそうして下さいよ。奥さんと別れて、さぁ僕と二人でエルデータの将来を担いましょう」
「担うよ。僕は仕事しか能が無いからね…かんちゃんほど有能じゃあないけど」
「奥さんって存在、邪魔じゃないですか?僕は邪魔だ。仕事に関係ない」
「君、そんな事言う奴じゃなかったはずだよ」
「じゃあどんな奴ですかね?」

問い詰められて、杉浦が言い淀む。

吹き出してしまった。

あんまり苛めすぎた。
悪いことをした。
杉浦は今にも泣きそうな潤んだ瞳になっていた。

かわいそうなことをした。

笑う菅野のいたずらに気がついたのか、杉浦がため息をつく。

「嫌なこと言わないでよかんちゃん」
「冗談ですよ冗談。でも杉浦さんの気持ちがわかりました」
「何が?」
「奥さんとは別れられないんですね、やっぱり」
「…君だってそうだろう?」
「うん、そうですね。別れられない」

その理由はなんだろう。
やはり、体裁か。

菅野にとって、杉浦は最大の理解者だ。
今、「仕事の出来る男・菅野」としてこの会社にいられるのは全て、杉浦のバックアップ、フォローがあったからだ。
仕事が全ての菅野にとって、杉浦もまた全ての内の一つ、大切なパーツ。
杉浦にとっても菅野がそうであるように。

「でももし」

杉浦は体勢を変えて、ベッドにうつ伏せになった。
でももし。その後の言葉がくぐもって聞き取りにくい。

「なんです?もう一度言ってください、杉浦さん」
「うん…うん。あのね」
顔を菅野の方に向けた。


「結婚してなかったら、多分、かんちゃんを選んでたよね、僕は」


菅野は精一杯微笑んだ。

それが杉浦の、最大の愛の言葉であると信じる事にした。

さっきの自分の冗談は、いつだって本気に出来るとは、言わなかった。


20091216完


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