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「かんちゃん、て呼ばれてんねや」
突然背後からの平塚の声に少し驚いたふりをして、菅野は振り返った。
白い肌、濃い灰色の変わった瞳の色。それと同じ色をした、白髪と言うにはまだ早そうな、銀色の頭髪。
ロシア人の祖父がいる、と聞いた時には納得した。
だから、こんなにも彫りの深い顔の形。
「はい、あとヘルパーさんの中にはカンカンと呼んでくれる人も」
「カンカンて。パンダか」
平塚の関西鈍りにもやや慣れてきた。
菅野は思う。
自分に似ている、と。
例えばハッキリとした顔立ちだとか。
いつも笑っている所だとか。
それは仮面の表情でしかない事も。
久しぶりの秋田巡店で、久しぶりに会えた杉浦。
仕事の話をしながら、隣に佇む杉浦の手がもじもじと動いていた。
それを見ていた菅野は、今にも杉浦に抱きしめられたくて、足が変なステップを踏んでしまった。
連絡事項を幾つか伝えると、杉浦は菅野から離れ、マエデン秋田本店パソコンコーナーへと向かった。
そしてさっきの台詞。
「かんちゃん」と呼ぶのは杉浦。
「カンカン」と呼ぶのは原田店の竹中。
「ほな俺は菅野くんをヒデキと呼ぼう」
ニヤニヤと笑っているから、菅野もニヤニヤしてしまった。
「名前で呼ばれるのはちょっと…ひいき丸出しじゃないですか」
「そうかい?えこひいき、いいじゃないか。出来る人間は可愛がるよ」
「お好きにどうぞ」
「つれないわ菅野くんは」
平塚は菅野に向けて大げさに「外国人風」で両腕を広げて見せた。
そう言った、劇場タイプの表現方法も、少し自分に似ていると菅野は思っている。
杉浦よりやや年齢が上になるだろう平塚は、視線を遠く向こうへ投げかけた。
PCコーナーでブロバンスタッフと連絡事項を確認しあう杉浦を見つめていた。
「ヒデキくん」
「はい」
杉浦にさえ名前で呼び合う事も稀なのに。
少しだけ、面白くない。
菅野は面白くない。
「杉浦くんに仕事押し付けて、二人で昼行こう」
「…まだ早いですよ?」
腕時計で確認。
まだ11時になったばかり。
「12時なったら混むやろ、どこ行っても。早めに休憩行ったった方が、ヘルパーさんにもええやろ?」
「それはそうですけど」
「よっしゃ。ほな行こ」
平塚はPCコーナーへ足を向け歩き始めた。
その後を追う。
今日の自分はあんまり上手に笑えてない。
菅野はそう思っている。
「杉浦くん」
平塚が杉浦を呼び止めた。
「先にオレらメシ行くわ。杉浦くんちょっとモバイルの方も見たって」
「はい」
にこやかに宣言する平塚と、その後ろで大きな目をもっと大きく広げて、平塚と杉浦を見比べる菅野。
(杉浦さん、あとで、メールします)
菅野は手で合図を送った。
杉浦は微笑んで、頷いた。
安心した。
杉浦は笑っている。
もしかしたら嫉妬でもしているのではないかと、思っていた。
寧ろ、少しくらい妬いてくれてもいいのではないかとも。
だが実際には、あんな優しく微笑まれて、安心してしまった。
杉浦は自分を信用してくれている。
だから、自分はのびのびと仕事が出来る。
平塚は勿論、杉浦と菅野の肉体的な関係は知ってはいない。
だが、特別仲が良いのをからかうようにして、例えば今のような、わざと杉浦と菅野を離すような事をする。
そうされればそうされるほど、菅野は杉浦を求めてしまうのに。
それさえも知っているのだろうか。
菅野の気持ちを。
障害があればあるほど、菅野の熱が上がっていくのを平塚は知っているのだろうか。
マエデン秋田本店のスタッフ出入り口から駐車場に降りる。
菅野は社用車の運転席に乗り込む。
平塚も、助手席に乗る。
「何食おか」
「そんなに腹減ってないですよ僕」
「一口食えばそんなん忘れるよ」
「そうですかねぇ。あ、回転寿司行きたいです」
「回転寿司?」
「僕子供味覚なんで」
「何皿食えんの?」
「最高で87枚です」
「いつの話なん?」
「5年前くらいですかね。まだエルデータに入ってなかった頃です。60枚以上はタダってキャンペーンがあって。元取ってやろうって思って」
菅野の言葉に平塚は額を押さえて笑った。
そんな格好も「外国人風」。
昼飯くらいは、杉浦と離れてても我慢出来る。
今晩は秋田に泊まりだ。
平塚の目を盗んで、今夜は杉浦とデートする。
必ずする。
キスをして、セックスをして、抱き合って、気持ちを確かめあう。
その為に今は、少しだけ我慢だ。
「早よ行こヒデキくん」
「…やっぱり名前は、ちょっと」
「かんちゃんの方がええん?」
「かんちゃんて呼んでいいのは杉浦さんだけで十分って事です」
「カンカン?」
「それも、そう呼んでいいのはヘルパーさんだけです」
「つれないなーつれないわー」
「出発しますよ、シートベルトを」
「はいはい」
優しくアクセルを踏み込んだ筈なのに、なぜか急発進してしまった。
平塚が前のめりになった。
シートベルトでひっかかった。
シートベルトは大事だな、と菅野は思っていた。
20091126完
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